ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

教育のICT化は効果があるの?

昨日に引き続き、ICTと教育についての議論。多くの教員が気になるところは「ICTを使って教育をして効果があるのか」ということでしょう。

なかなか、どうやって「効果があった」というのかが難しいところではあるけれども、「一応効果はあると言えそうだ」という資料があるので、その資料について少し紹介してみたい。

 実は、2015年にこんな報告書が出ています

ICTを活用した教育の推進に資する実証事業「ICTを活用した教育の推進に資する実証事業 報告書」(http://jouhouka.mext.go.jp/school/ict_substantiation/

 

これは文科省の委託を受けてNTTラーニングシステムズ(NTT LS)が教育のICT化に関わる課題について実証研究を行ったものだ。

この研究の成果が発表されたときに、あまりニュースなどで話題になった記憶もないので、おそらく、この資料のことを知らない人も少なくないんじゃないかと思う。

この実証事業と同じ規模と精度で、自分たちの授業を分析しようと思っても、現実的には不可能であることを考えると、限られた場面について限られた観点からの分析であると感じるかもしれないが、十分すぎるほど参考になることはある。

少なくとも、「効果がないんじゃないか?」と不安に思っている人には示せる資料だと思います。

子ども達の実情や世間のニーズに対して一生懸命答えようとしている先生にとっては、「こういう方法もあるんだ」「こういう場合は成果があるんだ」とヒントとして、勇気づけられる部分もあるものではないでしょうか*1

結論としては「効果はある」

上の報告書では、簡単にいうと、協力の小中学校において「タブレットを活用するクラス」と「タブレットを活用しないクラス」を設けて、単元の終了後の「客観テスト」の点数を統計的に比較することで、成果の有無を検証している。

この調査の面白いところは、同じ学年で、クラス毎に「タブレットの有無」を分けて、その学習成果の違いを確かめているところ。日本のこういう研究だと、「クラスによって教え方を変えるのはいかがなものか」という発想からか、なかなかクラス毎に教え方を変えて検証することは少ない(もちろん、公平性も大切な観点であるので、この実証実験でも、一つの単元を2分割している。単元の前半と後半でタブレットの使用の有無を入れ替えて、それぞれタブレットの有無を入れ替える直前に客観テストを行うようにして効果を検証している)。

これまでにも、教育のICT化に先進的に取り組んでいた自治体の全国学力調査の結果を比較することで、ICTの有効性を述べようとしているもの(平成26 年8月29 日の「ICTを活用した教育の推進に関する懇談会」など)はあったが、やはり、本当に効果があるかを確かめるためには、経年比較では限界がある。

その点、同一の学年の中でタブレットの使用がどのような効果を与えるかを確かめたのは大きな意味がある。

まあ、そういう細かい話はさておくとして、結果について見てみよう。本当は、調査内容については「児童生徒を対象としたICT活用スキル」「児童生徒を対象とした意識」「客観テスト」「教員意識」の4つの項目に調査しているものであり、また、教科や校種の差などで効果については差があるのだけど、非常におおざっぱにまとめてしまうのであれば「ICTを適切に用いることで、学習について効果をあげることができるものもある」という結果であると言える。

おそらく、多くの人が興味があるのは「活用スキル」と「客観テスト」だろうから、その結果について、ここで紹介しておくと…(P.186)

 

「児童生徒を対象としたICT活用スキル」

  • ICT 活用スキルの多くの項目が有意に向上する
  • その変化は一年以内に起こると考えられる

「客観テスト」

  • タブレット端末を活用した授業は活用しない授業と比較すると有意に高い
  • 同じ学級で単元を前半と後半に分けて、タブレット端末の活用を入れ替えた授業を実施する実践形式が、活用効果を最も得られる
  • 単元の後半より前半でタブレット端末を活用した方が客観テストの成績が有意に高い

 

抜き出してまとめてみると、なかなか凄い結果だ。また、上でも少し触れたけど、経年で学力調査の結果を追ったものでも、「ICT活用で少しずつ成績が向上している」という結果が得られているのだけど、それよりも更にインパクトとしては大きい。

こうして結果だけ並べてみてみると「すごい結果が出るのか!」とみえるのだけど、これを根拠に「ICT化をしなければ時代遅れだ!」とか「ICTをできないのは問題だ」とか言い出すのは適切なのだろうか。

 

結果が出ているのなら、ICT化は必須?

 

最近の傾向として「エビデンスベースド」という言葉が話題になることは少なくないので、そうした観点からも、この報告書は、そんな文脈でも一応、示せるような資料ではあるでしょう。

 

教育研究とエビデンス −国際的動向と日本の現状と課題

教育研究とエビデンス −国際的動向と日本の現状と課題

  • 作者: 大槻達也,惣脇宏,豊浩子,トムシュラー,籾井圭子,津谷喜一郎,秋山薊二,岩崎久美子,国立教育政策研究所
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2012/05/31
  • メディア: 単行本
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そんな世間の傾向や報告書のICTに対する高評価を見ると、「結果が出ているんだからICT教育してくれない学校はダメだ」とか「結果が出ているんだからICT教育を是非ともやるべきだ」という声が聞こえてきそうであるけど、必ずしもそうではないと感じる。

もちろん、「客観的なデータが出ているから正しい」とか「実証研究で成果がでているからやるべきだ」とかいう意見には、ある程度は賛同する部分はある。だけど、この報告書だけで、「何でもかんでもICTが有効だ」というのは、いくらなんでも資料の読み方として間違っていると思うし、ICTの導入だけで今の学校の現場が抱えている問題を魔法の杖のようにすべて解決してくれるなんて考えるのは恐ろしいものがある。

また、あくまでこの報告書とのつきあい方としては、「こういう場合には、効果がありそうだから、自分が授業をするときにこういうやりかたもあり得るかもしれない」という、授業を組み立てるヒントとしてとどめておく方がよいと感じる。

授業の当事者でない外野から「こんな結果が出ているのに、ICT化してくれないのは怠慢だ!」「ICTを使って授業をやれ」などと圧力をかけるのは、長いスパンを見据えて、どういう筋道で必要な力をつけていくかを考えているような先生方にとっては、枷になりうることだ。

そもそも、報告書の中で、実証授業におけるICTの活用についても「タブレット端末を活用した全実証授業において必ずしも活用する必要はなく、タブレット端末の活用効果に照らし、単元を通じて相応しい学習活動や場面を中心に吟味して活用することが好ましい」(報告書P.35)とコメントされているように、この研究は「何が何でもICT」という発想の研究ではない。

この報告書は、あくまで教員や授業に関わる人が「自分がどのようなことを子ども達に身につけさせたいのか」ということを考えるための参考にとどめたほうが良い気がする。学校の外にいる人たちが、この報告を根拠に「ICTをしてないのは遅れている」と非難するのは望ましくないと強く述べておきます

 

授業作りの基本に立ち返ろう

 

 あくまでもICT機器は「学習用具」の一つであって、それによって授業作りが縛られてしまうのも変な話。むしろ、今までのノートや付箋や模造紙よりもできることが多い便利な道具なわけだから、授業の方法は多く考えられるはず。

「模造紙を使うために授業を考えよう」だとか「付箋を使わない授業は質が低い」なんてことをいうのが変なのと同じように、ICT機器についても、もっと「授業をどうしたら改善できるのか」という観点から、使い方をデザインできて行ければいいのではないかと思っている。

*1:あくまで、この記事の内容や報告書の解釈については筆者の勝手な主張であって、その正しさは保証しません。もし、ご自分の意見を述べようというのであれば、上記のリンクから実際の報告書を確認してください

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