ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

【雑感】『教育科学国語教育』9月号の感想

f:id:s_locarno:20140822103412j:plain

まだ、精読はしていないので、ざっと眺めた感想を書いておきます。

教育科学 国語教育 2016年 09月号

教育科学 国語教育 2016年 09月号

 

 今月の注目のポイントとしては、8月1日の次期学習指導要領改訂の審議のまとめ(案)などを意識してか、「深い学び」の過程を実現する」という言葉が、予告されていたタイトルに追加されている点でしょうか。

ただ、各論自体は当然のことながら8月1日よりも以前に書かれているために、審議のまとめについては言及はありません。そのため、「深い学び」というタイトルはやや羊頭狗肉のような感じもしますが、予告されていた「必要な資質・能力を育む国語科授業の学習プロセス」という点については、それなりに面白かったです。

 「習得・活用・探究」の捉え方について

学習プロセスについての特集号だけあって、各論考で挙げられるポイントに、現行の学習指導要領でいうところの「習得・活用・探究」の区別や組み立て方が関係するような話題が多かったように感じる。

ただ、このようなテーマを扱うときの例にもれず、「習得・活用・探究」について、それぞれどのような学習活動を想定しているのかということに論者によってブレがある。

それでも「習得」に関しては、「ノートの取り方」や「漢字の読み書き」や「読みのための技術」など、ある程度、最大公約数が取れるような内容が想定されているように感じられるが、「活用」と「探究」についてはブレが大きい。

一応、指導要領上の位置づけとしては、「活用」は教科内のものであり、「探究」は総合学習など、脱科目・合科目的なものである*1ので、本来、この雑誌のような教科についての特集では出てきにくい話である*2

しかし、実際、国語は指導内容と学習活動が一致してしまうし、「生活」との関係で使われるものであるため、どうしてもこの「習得・活用・探究」という区別が見えにくく、混同されてしまっている部分はある。

この点について、本書の中で、国語科における「習得・活用・探究」のプロセスを位置付けようとした千葉大学の寺井憲正先生の論考がかなり示唆に富む。また、以下の安彦忠彦先生の著書の中に「習得・活用・探究」の位置づけについて論じた部分がある。 

「コンピテンシー・ベース」を超える授業づくり (教育の羅針盤)

「コンピテンシー・ベース」を超える授業づくり (教育の羅針盤)

 

これらの内容については、次回以降、どこかで詳しく掘り下げてまとめておこうと思う。

「振り返り」を位置付けること

学習プロセスがテーマになっていることもあって、多くの実践例で「振り返り」を取り入れている。

ルーブリックを用いてみたり、時間を取って生徒に感想や自己評価を書かせてみたりと様々な工夫を行っているため、自分の指導している学級に併せて、使いやすいものを真似してみるとよいかもしれない。

各実践についての細々とした言及は避けるが、印象としては「導入」と「振り返り」を一貫させることが難しく見える。

上の「活用・探究」の話とも連動するが、国語は普段から使っている言語を使って学習活動をし、普段から使っている言語について学ぶことになるため、授業で身につけたことがどのようなことか、どのように活かされているのかが見えにくい。

そのため、振り返りをやりなさいと言われても、何を振り返ってよいかが生徒に伝わりにくいし、本当にその振り返りが授業で行ったことを振り返っているのかも怪しくなりやすい。

学習の一貫性という点について考えておかないと、取って付けたような振り返りになってしまうことに注意は必要だろう。

どのように学ぶのかを考えることは重要

このような話題を出すと、「AすればBという結果が出る」というような型があるとよいように感じるが、学び方はそれぞれの子どもによって自由に選べるべきであるように思う。

 ※参考

s-locarno.hatenablog.com

 二学期に向けては、授業において、生徒の思考がどのようなものかを考えていこうかと思います。

*1:分かりやすいものとしては、現行学習指導要領についての「Q&A:文部科学省」の問1―8を見ると、明確に「探究」は教科から切り離されているとわかる。

*2:もちろん、教科と「探究型」の学習が無関係であるとは言わない。教科の指導と探究型の学習指導の連動はもちろん必要であるからだ。しかし、教科で「探究型の指導をする」というのには、やや疑問がある

Copyright © 2017 ならずものになろう All rights reserved.