ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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読みたくないものは読ませられない?

国語の授業はやっぱり難しいと嘆いている国語教員の僕。

「羅生門」*1を始めたものの出だしから早速つまづいたのです…

 

s-locarno.hatenablog.com

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生徒には読む理由がない

根本的に、今の自分の生徒にとって「羅生門」を読みたいという思いや読まなければいけないという思いを持たせることができていなかった。

自分自身の「迷い」というものが反映されてしまっている。結局、自分自身が何のために「羅生門」を読ませたいのかという自問をしたときに「定番教材を自分がやらないわけにはいかない」という外圧のほうが大きいからだ。

倉澤栄吉は次の本で国語科の単元学習について以下のように述べている。 

国語学室の思想と実践

国語学室の思想と実践

 

子どもの生活に結びつけ、子どもの発想に気づき、子どもの興味や関心に結び合わせながら考えていけば、単元に、必ず自然になっていく…(P.50)

この指摘の通り、本当に子どもに学ぶことを求めるのであれば、外発的な動機ではなくて、内側から湧いてくるような動機でなければいけないとつくづく思っている。

にもかかわらず、授業者である自分の中に明確な動機がなく、授業を動かし始めていることは、如実に生徒の反応に出ているように思う。

読む意味も意欲もないものを我慢して読めというのは、あまりに横暴だったように思う。しかし、自分の中で「羅生門」を切るだけの決断はできない。

音読を聞いていられないことの責任

普段はあまり音読をさせたり音声を聞かせたりはしないのだけど、近代文学については音声を聞かせている。理由としては、言葉になじみがないから読み方が生徒に分からないということや世界自体になじみにくいので朗読の調子から親しんでもらいたいということなどを考えている。

しかし、これにも問題があって、やっぱり生徒が本気でその教材について関心がない状態でいくら音声を聞かせても、生徒は聞くのを放り出してしまう。

まあ、目で見て分からない話を音で聞かされても意味不明であるし、それをじっと座って聞いていろというのはやはり苦痛だろう。

全文ではないけど面白い題材はあるんだけどな… 

羅生門 朗読CD付 (海王社文庫)

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人気声優の朗読するCD。

個人的には

斜陽/雪の夜の話 朗読CD付 (海王社文庫)

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が好みです。

話はずれましたが…こんな程度の工夫の仕方では、一部の生徒しか食いつかないわけで、あまりいい手ではない。というか、工夫にいれてはいけないですね。

習慣の力もあって…

できるだけ生徒の読んだ感想や疑問から授業を組み立てようと思ったのだけれども、あまりに生徒の初発の感想(厳密には、感想を尋ねたのではなく、疑問点や印象に残ったことを問うような課題を出したのだけど…)を書かせてみたところ、これもやっぱり生徒に意義を伝えることなく始めているせいで、失敗だったと反省するしかないものになっている。

端的に言えば、どの生徒が書いた文章を見ても、紋切り型である上にまとまって考えを説明しようという意欲も見られないものばかりだったのだ。

しかも、その紋切り型というのが「作者の意図がわかりました」とか「作者の意図がわかりません」とかいったものであって、作品そのものを読んでいるのではなくて、「こう言っておけばいい」というような書き方が目に付いたことが悲しい。

そもそも「作者の意図」を問題にしてくるということ自体が読み方として問題があると思うのだけど、それをわきに置くとしても、作品そのものではなくて外側のことばかり考えているのがつらい。

作品そのものの世界についてこだわったり、理解しようとしたりする意欲が生徒の中に生まれていないことに、自分の授業の組み立ての失敗をつきつけられている。

定番教材の扱い方がわからない

自分にとって定番教材はいつも鬼門だ。上下左右との関係のために、自分だけがその教材をやらないとしてしまうわけにはいかないし、だからといって、今の生徒にとってその定番教材が必ずしも生徒の現実にあっているのかというとかなり疑問がある。

たとえば、山崎正和の「水の東西」は「評論」の定番教材として出てくるのだけど、内容としてはむしろ「随筆」よりであることや論じ方が論理的に見えてかなり個人の感覚に偏った書き方をしていることを考えると、他のもっと読んだ方がいい文章はあるという思いはぬぐえない。

まあ……定番教材をどうするのかという議論ができるほどの材料を自分が持たないので、ここで口を閉じるが、自分にとって定番教材が鬼門であることは間違いない。

ここからどうやって、生徒の関心や興味を喚起していけるのだろう。話芸で面白おかしく、知的な雰囲気を味わわせるのは簡単だが、それって本当に意味があるのだろうか。

*1:写真は守礼門である

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