ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

教育現場は非効率か

Working

昨日、Yacchaeさんがこんな記事を書いていた。

yacchaesensei.hatenablog.com

この記事を読んだときの第一印象は、「よくぞ、教育現場の非効率な点をまとめて突いたな」というものでした。

何といっても学校現場はいくらでも仕事をしようと思えば仕事が転がっているし、一方で楽をしようとすればどこまでも楽をできる職場だ。

月並みな言い方をすれば「教材研究には際限がない」けど「教室に入る直前に指導書を読めば授業できる」とも言われるわけだし、「子どものためにいくらでも準備できることはある」けど「子どもに対してドライに割り切って接する」こともできるのです。

それだけに、学校の非効率を指摘して、改善しようという意見は、現場慣れして諦めている人からはあまり出てこない(というのも不健全だけど)ものなので、いい指摘だよなぁと思っていた。

ところがどっこい、はてブのコメントを見てみると……

学校の常識は世間の非常識…か?

色々とコメントがある中で、気になるものとしては「当たり前だろ」だとか「普通のこともできないのか」というものであった。

まあ……そうですよね。学校の現場の中にいる人間としても「いや、それは効率悪いだろ…」と思うことは少なからずある。 

教育は「あれもこれも」文化です。「生徒のため」が魔法の言葉です。 でも、これって気をつけないといけない。何かをやることは、何かをしないこと。選ぶことは,捨てることです。

明日から使える業務改善!〜仕事を減らす8原則〜 - やっちゃえ先生ブログ

まさに、この指摘の通りで、仕事や予定が飽和して首が回らない状態であるのに、そこに「生徒のためだから…」といって、様々な仕事を自ら投げ込む人種が教員である。

仕事に割けるリソースは有限であることを理解していない典型が最近話題の部活動問題であるし、生徒も教員も部活動に時間を割いたらそれだけ別の仕事を捨てなければ生活が回らない。だから、休みをしっかりしようというだけの話なのに、「いや、生徒のためなんだから」といって、小遣い程度の手当で誤魔化そうとしたり嫌ならやめろという論調で問題を小さくしようとしている向きがあるけど、それがまさに典型的な「あれもこれも」という教育現場の文化そのものです。

やめるにやめられないものを、やめるといったときに世間から叩かれるもの、何となく伝統とか言い出してやめようとしないもの、そんなものが色々と入り組んで、仕事が複雑に積み重なってしまっているのです。

そういう二進も三進もいかない状況に加えて、教員自身のコスト意識が高くない、業務の効率化という意識が高くないということは否定できない気はしている。

教員の紙文化…

自分はまさにデジタルネイティブ世代であるので、パソコンで済ませられる仕事はパソコンでやればいいだろうという人間だ。

だから、電話のメモにしても校内LANシステムで済ませたいし、公開授業をするときの授業案なんてコピーなんぞしないで校内メールで勝手に印刷して持ってこいという意識だし、顔を合わせる必要のない会議は校内システムの中でやればいいだろって思っている人間である。

しかし、学校はそうやって動いていない!!

何でもかんでも印刷して配って回っている。たとえば、その日の連絡事項からはじまり、やれ委員会の連絡だ、やれ教科の連絡だ、やれ保護者文書の控えだと……もう、授業に行って帰ってくる間に十枚くらいプリントが机の上に置いてあるという状況。

だから、この前に紹介した挟むだけファイルが異様に活躍する。 

リヒトラブ スケジュール&仕分けファイル 31仕切り A4S 青 A4402-8

リヒトラブ スケジュール&仕分けファイル 31仕切り A4S 青 A4402-8

 

一か月しかないこのファイルで問題ないということは、裏を返せば、一か月以内で終わってしまうような話をイチイチ全職員に紙で配布しているというムダがあるってことだ。

そりゃあ、裏紙だとか使っているしリソグラフのトナー代金なんて大したものではないけど、それでも全職員分を一年間もやっていたらエラくコストがかかっている。

言っちゃ悪いが、こんな書類は全部、校内LANでメールしておけばいいだけのこと。

でも、何でそれができないのかと言えば、「紙じゃなければ見ない」という人や「パソコンは使い方が分からない」という人がいるからだ。しかも、そういう人に限って声がでかい。

と、いうか、そうなると何のための貸与パソコンなんだ……。

そして仕事は偏る

パソコンが使えないと今の時代は仕事にならないですよ、教員でも。

つまり、パソコンが使えないという人がいるということは、その分の仕事がどこかに偏っているということです。

仕事が偏ると、結局、特定の人にしか仕事ができないことになり、仕事ができる人のところに仕事は集中し、だんだん仕事が回らなくなり、色々、詰む。

若いうちに仕事を引き受けすぎて、誰にも助けてもらえなくなる理由がここ。仕事を誰も引き継げない状況になってしまっているのです。

担任業務なんてまさにその最たるもので、担任を持っているとそうそう休みも取れない。担任の仕事を代わってもらえないからね……。

nzmoyasystem.hatenablog.com

担任が嫌なわけではないし、手を抜きたいわけではない。

でも、自分でなくてもいい仕事を分担していくことで、職場の不平等感や仕事のバランスを減らしていくことはしていくべきなんだよと思う。

頑張りたくないから仕事を減らしたいではないんだよ。自分でなくてもいいようなつまらない連絡事項の印刷をさせられたり、電話番をさせられたり、そのメモを手書きで書かされ、遠く離れた席まで渡しにこいとか言われたりするのもバカバカしい。全部、パソコンで済むだろ、パソコンで。

教員採用試験に受かった来年から先生になる人へ

何でもかんでも仕事を引き受けたら自分が潰れます。 

成果を上げて5時に帰る教師の仕事術

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新任1年目を生き抜く 教師のサバイバル術、教えます

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これらの本も「分かっているけどできないだろ」というレビューがつく。

そのような諦めはどこからやってくるのだろう。

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