ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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誰にも読まれない指導案を書く

writing notes about cells

体調不良からは、まだ、復調はせず。ただ、あまりぐだぐだもしていられないので、次の授業に向けて指導案を書き出しています。

 その指導案は誰のため?

次の授業はライティング・ワークショップ的な何かをするつもり。とにかく、ここでちゃんと時間をかけて「書くこと」を指導しないといけないなぁ……と思っているからだ。 

ライティング・ワークショップ―「書く」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

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だいたい、指導の計画も立っていて、配布するプリントや学習材の準備も終わっているので、あとは授業を迎えればいいだけなのだけど、この段階で自分は残業しつつ指導案を書いております。

他の学校がどんな形で指導案を扱っているかは分かりませんが、勤務校では通常授業で指導案の提出を求められることはほとんどありません。

自分も別に授業をやるにあたって、誰かから指導案を書けと言われることは一切ありません。もちろん、生徒に指導案を見せることはない(笑)

一応、一方的に同僚の先生方に送りつけはするけど、面倒がってほとんど読まれることもなく、意見をもらうことも見学に来てくださることもほとんどありません。

そうなってくると一体、何のために指導案なんて面倒なものを書いているのかという話になってくる。

指導案を書くのは自分のため

 

結論から言えば、指導案を書いているのは、ただ自分の趣味である(笑)

無理をしてでも書かないと、自分が勉強しないことを自分がよく分かっているので、「指導案を書く」ということをモチベーションに勉強をしていると言える。

指導案を書くとなると、自分の思いつきや感想を垂れ流すようなことはちょっと書きにくい。そのため、一つ一つの指導の意味について、「どんな狙いがあるか」とか「どんな意味づけがあるか」とかを参考文献を引きながら考えることになる。

そうやって書くことを繰り返していると、自分が見通しが甘かったり勉強が足りなかったりする部分は、まったく指導案が書けなくなってしまうので、授業に入る前に、その授業が本当に妥当なものかということを検討することになる。

自分自身が曖昧にしてしまって、そのまま授業にすることは、生徒の不利益に繋がる。

ちゃんと、こうやって書くことで、少しでも疑問点を晴らせることの意味は大きい。

いつかどこかで…

 

こうやって自主トレとして書いている指導案だけど、いつかどこかで勉強を交流できる機会があればいいなぁ…とは思っている。

ちゃんと勉強しておかないと、読んでもらうのにも恥ずかしいしね。

いつの日か、ちゃんと勉強できるように、今の訓練をサボらないようにしておこう。

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