ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

対話を授業に取り入れるための批評読み

新しい授業を模索中。小学校の実践は高校の教員がみるとその丁寧さに感心することが多い。

対話を授業に取り入れるために

本書の柱となっている考え方は、深い学びのためには「対話」が必要であるという観点だ。

その「対話」についても、単純に誰かとおしゃべりするということだけではなく、「文章」を通しての筆者の考えとの対話、自己の経験や知識と照らし合わせる自己との対話という観点を持ち、表面的なアクティブ・ラーニングにならないための観点を示している。

そして、実際にそのような三種類の「対話」を呼び起こすために、トゥルミンモデルの簡易版である「三角ロジック」を活用する実践を紹介している。

丁寧な導入と生徒への手当を学ぶ

小学校の授業は当然ながら国語が専門ではない先生も行っている。

だからこそ、この手の「実践集」はそういう先生方でも授業のイメージが湧くような形で丁寧に記述されている。

そのような丁寧な記述から読み解いてみると、小学校の国語の実践が生徒の内的動機をどのように引き出すのかということを丁寧に考えていることや生徒に与える指示や揺さぶりをかける発問の言葉選びなどが非常に丁寧であることが分かる。

本書のテーマである「対話」という点では、「三角ロジック」でいうところの「理由付け」について、子どもたちの経験や既有の知識を上手く引き出そうという工夫にうまさを感じるし、そこまで悪戦苦闘しなくても生徒が忖度してくれる(笑)中高の授業から見ると、こういう丁寧さを学ぶのは大切だよなぁと思う。

コンテンツとコンピテンシーのはざま

本書で気になるのが「コンテンツ」と「コンピテンシー」をどうやって狙っていくのかということだ。

前書きや理論編で述べられることは比較的コンピテンシーベースの話ではあるのだけど、実践の内容を見るとコンピテンシーベースを志向しながらも、コンテンツに目標がかなり引っ張られている印象がある。

せっかくの三角ロジックについても、見方によっては教員が期待している答えを引き出すために都合の良い経験を当てはめさせようとしているようにも見える。

国語はどこまでいってもコンテンツが授業のやりたいことに影響するし、コンテンツを教えてしまいがちだ。コンテンツに終始しがちになっているのに、取ってつけた振り返りなどでコンピテンシーベースというのは問題があろう。本書もコンテンツに引きずられているものは、コンピテンシーの議論は難しそうだなぁというものもある。

平和教材などだと、特に難しいですよね…。

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