ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

プロジェクトベース学習の実践についての覚書

Ann Arbor STEAM School

あすこまさんがプロジェクト型の学習に関する記事を書いていた。

askoma.info

生徒の興味を核にして、実際にプロジェクトを遂行する過程で教科の学習に降りていく方法のほうが、きっと面白くて身につくはずだ。でも、それは非現実的なのかなあ。教えるほうだって、一人で全部の教科をカバーできないしなあ。

という話が述べられていたので、たまたま知っていたプロジェクトベース学習でほぼすべてのカリキュラムをこなしているミネソタニューカントリースクール(MNCS)について紹介してみました。

そのあとにいくつか連続ツイートなどもしましたが、例のごとく話が錯綜しているので、ブログに多少まとめ直してみようかと思います。

下手な話よりもまずは参考文献

別に自分も専門を名乗れるほど勉強はしていないので、本当に正しい情報を知りたい場合は、以下の記事で紹介した参考文献を一通り目を通すことをおススメします。 

www.s-locarno.com

MNCS型のPBLについて知りたいのであれば、以下の二冊は確実に目を通したほうが良いかと思います。 

学びの情熱を呼び覚ますプロジェクト・ベース学習

学びの情熱を呼び覚ますプロジェクト・ベース学習

 
プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち―日米18人の学びの履歴

プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち―日米18人の学びの履歴

 

上の方は学術的な記述に寄っているため、PBLの理論的な背景を理解できます。下の方は実践の紹介であったり生徒へのインタビューであったりと現場志向の記述になっています。どちらか一冊を読めばだいたいの雰囲気は分かりますが、まあ、両方を読んだほうがベターかと思います。どちらから読むかは趣味です(笑)

ネットで確認できるものとしては

11号:コミュニケーション・スキルを高めるプロジェクト・ベース学習

PBLで次世代は育つ - Yahoo!ブログ

PBLとは何か ミネソタ州ニューカントリースクールに学ぶ -上-|教育改革|特集・連載|教育学術新聞|日本私立大学協会

上の3つは日本へMNCS型PBLを取り入れようとしている第一人者である日本PBL研究所理事長上杉賢士先生が書いている記事です。間違いはないでしょう(笑)

ちなみに日本でMNCS型PBLを普及しようとしている団体は日本PBL研究所 Institute of Project-Based Learning in Japanです。

学校紹介:ミネソタ・ニューカントリースクール : 大学プロデューサーズ・ノート

こちらはどんな学校なのかという紹介記事です。非常にわかりやすいです。

MNCS型PBLについての簡単な説明

上の参考資料を見てもらえれば、自分がわざわざ何か付け足すようなこともないのだけど、時間のない人向けに簡単に流れを書いておこう。

なお、内容については『プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち―日米18人の学びの履歴』を中心にまとめていることを断っておく。

大前提として教科はない

基本的に、いわゆる「教科」という括りはない。例外的に数学だけはどうにもならず、取り立ててやっているようだけど、基本的にはプロジェクトベース学習によって国の基準、州の基準をきちんと満たすことができている。

というか、プロジェクトベース学習がカリキュラム全体であり、所定のプロジェクトを修了していくことで、必要な能力をきちんと身に付けるという流れになる。

だから、一つのプロジェクトを修了するには、かなり厳しい評価を受けることになる。

あえて「MNCS型PBL」と記す理由

なぜ、「MNCS型PBL」とわざわざ記しているのかといえば、新しい学力についての議論が進んでいるアメリカであっても、PBLをカリキュラムの中心としてやっている学校は多くないからだ。多くの学校では教科のカリキュラムの他にカリキュラムの一部としてPBLをやっている例が多いからだ。

MNCSではカリキュラムの中心がPBLであり、PBLで普通の学校が教科を通して身に付けていることを身に付けさせることができていることが特筆する点である。

あすこまさんの

やっぱり、「教科」をきっちりわけた時間割編成にすることで、教師の専門性も確保し、教科内容の網羅性や系統性を確保するのが、妥当なやり方なのだろうか。でも、そうやってできた時間割は、生徒の興味関心や学び方よりも、教える側の都合を優先したものなんだよなあ。

という投げかけに対して、MNCS型PBLは「PBLで系統性も網羅性も確保できている」という答えになるんじゃないかと思う。

プロジェクトにおける教員の立ち位置

PBLが中心のカリキュラムとなって、それぞれの生徒がバラバラに好きなことをやっているときに、教員は一体何をしているのかというのは疑問だろう。

答えを先に言ってしまうのであれば、教員は「インストラクター」(指導者)ではなく「アドバイザー」(「学びの同行者」という言い方をよくする)である。

詳細は、参考文献を見て欲しいのだけど、基本的に「教員が」主導権を取ってプロジェクトを指導したり、知識技能を指導したりするのではない。教員は「アドバイザー」として生徒に寄り添い、支援する役割を担う。生徒が情報を必要とすれば、どうすればその情報を得られるのかをアドバイスするなどして、決して知ったかぶりして答えを教える役割をするのではない。

はっきりと言えば、「教科」で区切られた範疇だけ教えるという教員ではなく、我慢強く子どものプロジェクトの成功まで一緒に寄り添い、学びの初めから終わりまでを見届ける役割であり、全く現在の教員のイメージとは異なる。教員自身もプロジェクトの参加者として、常に自身の見地を広げることや学びの方法について知識を広げることが求め続けられる。

MNCS型PBLの流れ

生徒は1つに100時間程度のプロジェクトに年間10個程度取り組むことになる。卒業のための卒業プロジェクトには1つ300時間かけるという。そして、そのすべてが生徒の興味・関心・ニーズから発したものであるというのがポイントだ。

どうして、すべてが生徒のニーズから始まっているのに「網羅性・系統性」を確保できるのかといえば、プロジェクトの企画から実行、そして評価までが非常に綿密であるということに尽きる。

ここでは、企画と評価について紹介しておく。

プロジェクトの企画書

MNCSでプロジェクトを始める際にはアドバイザーとかなり綿密に企画書を書く。その内容は以下のようなフォーマットだという。

プロジェクトタイトル

  1. このプロジェクトを通して得られること、解明できると思うことを3つ以上あげなさい。
  2. 学校を卒業したあと、あなたのプロジェクトをどう生かしていきますか。あなたが住む地域社会、世界にとってこのプロジェクトの重要性はどこにありますか。
  3. ブレーンストーミング
  4. プロジェクトを完成させるために必要な課題や活動と終了日
  5. 必要な情報源を種類が違うものを少なくとも3つ以上(そのうち少なくとも1つは実在の人物)
  6. このプロジェクトでどの領域をカバーできると思いますか
  7. このプロジェクトを何単位にしますか
  8. 計画の承認(アドバイザー、プロジェクト計画チーム)

プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち―日米18人の学びの履歴』(P.44)

ちょっと引用元が古いので現在は違うかも(;´・ω・)

以上の内容は、ぱっと見ただけでもわかってもらえるだろうが、「プロジェクトでどのような力をつけるか」「プロジェクトが何の役に立つのか」ということについての説明をかなり求めている。

しかも、この内容については後述する「評価」の場面で、企画とプロジェクトの成果の整合性が問われるため、いい加減なことはもちろん書けないし、お題目であってもダメなのだ。

要するに、この企画書をかなり徹底して準備することで「系統性・網羅性」が保障されるわけだ。もちろん、作成に当たってはアドバイザーと二人三脚であるし、卒業要件を見てクリアできていない領域や単位のプロジェクトを生徒自身が考えていく。

ここまでくると気づくかもしれないが、これって教員が年度初めに一生懸命書類を書いている「年間指導計画」や「シラバス」と同じですよね。要するに生徒自身が自分で学習指導要領を見て、自分の学習指導計画を書いているのだ。

評価について

そのような企画に基づいて実行されるプロジェクトだが、単位を得るためには必ず最後には評価される。

段階としては(1)生徒とアドバイザーの話し合いによる振り返り(2)評価委員会にかけて学びの成果の披露の二段階である。

生徒とアドバイザーの話し合いによる振り返り

あらかじめ用意されている「評価基準表」を元に、どのような成果を得られたのかを振り返り、まとめていく。分量としてはA4で3枚ほどになるくらい、詳細に何がどうなったかを説明することになるそうだ。

評価委員会

生徒が自分で日程を決め、自分のプロジェクトの結果について、自分のアドバイザー、他のアドバイザー、保護者、地域のまったくの部外者の前でプレゼンする。

喩えとして、生徒=尋問される、自分のアドバイザー=弁護人、その他の大人=取調官と表現されるように、まるで修士論文の口頭試問のように徹底的に大人からの質問にさらされるのだ。

アドバイザーは評価を与える敵ではない

重要なこととしては、日本の教員はどこまでいっても生徒に「評価」を出さなければいけない大人であって、子どもにとってみればやっぱり最後は「敵」なんです(笑)

でも、アドバイザーとしての大人は、子どもがどのようなことを学んだのかということを一緒に考える味方であり、評価も一方的に与えるものではない。

アクティブラーニング型の授業に対して「評価をどうするんだ!」という声はいつでも聞こえてくるけど、評価が大人が与えるという固定概念も見直されてよいのではないか。

パッケージを買ってきてもプロジェクト学習にはならない

最近、『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』で紹介されていたこともあって、プロジェクト学習として以下の会社のパッケージを目にするようになった。

eduq.jp

前にも控えめに批判したけどやっぱり買ってきたものは「おままごと」に過ぎない。

根本的なところとして「大人から与えるのか」と「生徒から生まれるのか」というところが全く違う。どんなスキルを使うのか、どんな調査をするのかということについてもお膳立てして、アイデアだけ好きにやらせてもそれは決して探究とは呼べない。

また、「どんな学力になるのか」ということの説明が徹底して弱い。だから時間が掛かるのに生徒にも教員にも「一体、何の意味があったの?」ということが理解できないような活動になっている。その結果、「こういう遊びをやらせる必要はない」という意見が強くなって、本当にカリキュラムとして精緻に考えられているMNCS型PBLや優れたアクティブラーニングの実践も十把一絡げに却下されてしまう。

まさに悪貨が良貨を駆逐するというやつです。

今の総合学習の枠組みの中でもやれることは多くあるはずなのに、安易なパッケージが売り買いされることで、真面目な実践が広まらないどころか駆逐されるのも面白いことではありません。

日本での展開

プロジェクト学習を中心にしている学校は日本にもあります。

有名なのはきのくに子どもの村学園ですね。あとは上の上杉先生が校長先生だったグリーン・ヒルズ小学校・中学校 - 学校法人 いいづな学園もプロジェクト学習中心の学校です。

しかし……私立ということもあって、身もふたもないことを言ってしまえば、学費がとても高いです。だから、決して「誰でもPBLで学べる」というような状況にはありません。

だからこそ、苫野一徳先生や岩瀬直樹先生たちが中心となって進めている、普通の学校のモデルになることを目指しているという「軽井沢風越学園」が今後どうなるかということに期待が膨らみます。

苫野先生の教育論は「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を掲げていますし、その理念が実現されることが期待されます。 

www.s-locarno.com

教育の力 (講談社現代新書)

教育の力 (講談社現代新書)

 

自分は大学時代から足掛け十年ちょっとPBLについてはなじみがあります。

むしろ教育についての勉強のスタートがPBLから始まっているので、むしろ教科という枠組みを時々、面倒に思うことがあります。だから、今後もどのような形でPBL型のカリキュラムが展開していくかについては興味があります。

そもそも、今のような一斉授業の息苦しさにげんなりしてきたからこそ、もっと教員の側が「自分が教えることを決めなければいけない」という考え方から緩やかな態度を取れればいいなぁと思うのです。

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