ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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【書評】国語はセンスや感性の科目じゃない!

小中高校を通して国語の授業を通して何を身に付けることができましたか?

その「何を」について明確に説明できる人、それはとても幸せなのかもしれない。

多くの人は、むしろほとんどの人は学校の国語の授業で「何を学んだかわからない」というのではないだろうか。「覚えていない」ではなく「わからない」である。意地の悪い言い方をするならば、「やってもやらなくても同じだった」という感想も少なからずあるのではないだろうか。

そんな「何をしている分からない国語」から、そろそろ脱却しなければいけない時期なのだ。 

国語で「何を学ぶか」をきちんと考えて教えたい人は、ぜひとも手元においてほしい一冊だ。

<教室学力>から<実生活に生きて働く学力>へ

国語の授業が今まで一体「何を学んだのか」ということが全く分からないと言われ続けてきた原因はどこにあるのか。

その一つの答えは「学ばせるべき知識や技能」について、教える側がよくわかっていなかったということが挙げられる。厳密に言えば、ぼんやりと先輩教員から後輩へと口伝のように「こういうことを授業で教えないとダメだ!」みたいなことが伝えられてきた感じはあるのだけど、それこそ学校や教室や教員によって全然バラバラなことになっている。

本書は「学ばせるべき知識や技能」ということについて、「1つの試作」としてできるだけシンプルな形で、学力や方略について提案をしている本だ。

さらに、本書ではある意味で最も「世の中で役に立たない」と言われて批判されることが多い「文学の<読み>」に焦点を当てて書かれている点も注目に値する。国語の授業を通して明確に教えるべき知識や技能を伝え、<自立した読者>を育てることができるという主張は、「何のための国語か」ということに悩む全ての人に参考になるはずだ。

理論→方略→実践と積み重ねていく

本書の特色は著者である福島大学の佐藤佐敏先生のこれまでの研究の成果に基づき、「アクティブ・リーディングとは何か」ということを明らかにした上で、研究で明らかにされてきた<読みの方略>を紹介し、さらに理論と方略を活用した実践を提案している。

この手の明治図書の書籍は理屈や理論をすっ飛ばしていきなり「明日から使える便利な実践例」の寄せ集めであることが多いのだけど、本書の前半部分はすべて理論の解説になっている(笑)。本書の中でも佐藤先生が子ども活動さえしていればよいという態度の教員への批判や引用などがあいまいで誰のオリジナルかが分からない実践が溢れていることへの苦言などを書いていることからも、この本が徹底して「理論」の部分で妥協がない姿勢が分かる。

ただ、だからといって理屈っぽくて読みにくいかと言われるかと全くそのようなことはない。むしろ、これだけ色々な文献を引きながら理論から実践へと跳躍していくのにも関わらず、何が問題でどうすればよいのかがよく分かる。

また、挙げられている実践は8つほどで、また多くは小学校の実践であるので、高校の教員には全く役に立たないかのような印象を与えてしまう。しかし、それは明らかに思い違いである。ここまでしっかりと「アクティブ・リーディングとはなにか」「どのような方略が有効か」ということを掘り下げているからこそ、高校の実践の構想に直結する。少なくとも文学屋もどきのご高説を垂れるような授業よりもマシな授業が、つまり生徒の中に何かを残せるはずだという確信をもった授業ができるのではないかと思う。

国語は指導できる科目

塾屋の中には「国語は誰にでも教えられる」といって、新人や行き場のない人員にとりあえず穴埋めさせるということがある。

また、本職であるはずの国語の教員も、「国語でどんな学力を伝え、どんなことをできるようにしたいのか」ということよりも、「源氏物語がー」とか「漱石がー」とかせいぜい自分の趣味の域を出ないことを高尚な文学だと偽って教えていることがある。

いい加減、そのような領域から脱していきませんか?

国語にこだわりのある人よりもある意味、国語を専門としない人が国語の授業をするためにこの本を使えば、中途半端な専門家ぶった人よりも、きっと明確ではっきりと生徒を成長させる授業ができるはずだ。

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