ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

受験と授業と

Answers

採点の祭典。

生徒の答案をひたすら採点してしまう。今回は実習生の関係もあって自分が日和ったような気がする。いやぁ……簡単に作りすぎたかもしれない。

問題の出来がイマイチなんとも…うーん。

まあ、それはそれとして、採点をさっさと終わらせてしまいました。

問題の解き方は教えなくても

生徒のニーズとは裏腹に「協働」をメインとした授業で、板書なんて年に数度しか使わない。したがって、「問題の解き方」ということについては、さっぱり教えない。まあ、来年やればいいからね。

その代わり、時間の許す限り書かせて、時間の許す限り話させて、時間の許す限り考えさせることを目指しています。水泳の練習するのに自分で泳がなければ上達しないのと同じで、国語として言葉を扱っていくのだから自分で読んで書いて話して聞いて考えてをやらないとダメだと思うのです。

結果的に、問題の解き方だとか解答のまとめ方だとかを指導する時間がなくて、ここまで何もやっていない(笑)で、毎回、底意地の悪い考査を受けさせているわけです。解答用紙は両面で記述だし(笑)。

でも、まあ、生徒は泣きながらでも対応しなければならないので、一生懸命、考査を受けてはくれます。

この時期になって、大学入試の問題を考査に織り交ぜているのですが、生徒の正答率は悪くないのです。意外?いやいや、選択肢を選ぶことよりも、普段やっていることがハードだからだと自画自賛をしたいところだ(笑)。

ごめんなさい、調子乗りました。

授業の貢献度・授業の役割

重要なのは、いわゆる「チョーク&トーク」をほとんどやらなくても、それなりに大学入試の問題だって解けるようになっているということだ。いくつか考えられることはある。

  1. 生徒の自助努力
  2. それなりに読み書きを積み重ねれば入試問題は解ける
  3. そもそも学校の授業は役に立っていない
  4. 採点が甘い(笑)

まあ、何が起こっているのかはよく分かりません。ただ、学校の教員が威張るほど、生徒が入試問題を解く力に授業は役には立っていないんじゃないの?という気はする。

よく「学校の授業を大切にすれば受験に成功する」なんていうけど、二つの意味で誤りだろう。受験学力をつけるためには授業でチョーク&トークで話すよりも実際に解かせなければダメだろうということ、そして、そもそも学校の授業が受験に役立つ役立たないで語ろうというのが間違いじゃないかね?

何に責任を負う?

受験で受からせることだけ考えるのであれば、30人なりで授業するのをやめよう。

そして、通学時間も無駄ですから、学校に来させるのもやめさせたほうがいい。

なぜ、30人で同じ授業を受けなければいけないのか?と問われる時期でしょう。

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