ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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探究と調べ学習の境目

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タイトルが大きすぎるかな……さすがにこのテーマを厳密にやるには平日のこの時間からは無理だ。授業記録として思ったことを記録しておこうと思う。

ちょうど、今はポスターセッションに向けて探究型の学習に取り組んでいます。そんな中、ふと生徒の作業を見ていると「これは探究的だなあ」と思うこともあれば「うん…調べてえらい」というような調べ学習で終始しているものもあり、なかなかその質的な差を痛感しているところです。

調べることは当然大切です

探究学習であろうと調べ学習であろうと、きちんと資料を調べられるということは大切です。例えば学習指導要領の「現代文B」にも

エ 目的や課題に応じて,収集した様々な情報を分析,整理して資料を作成し,自分の考えを効果的に表現すること。

とあるように、情報の収集や分析、整理ということ、そしてそれを使って資料を作るということは指導すべきこととして挙げられている*1

しかし、現実問題として多くの高校の授業の場合、「調べ学習」でさえあまり行われておらず、それどころか「調べる」ということすら必要としないような授業が一般的であるような気がするような半径二メートルである。

だから、そもそもとして、生徒にとって「情報にアクセスする」「情報を集める」「情報を理解する」「情報の信頼度を吟味する」「必要な情報をまとめる」「わかりやすく情報をまとめる」「まとめた情報から次の情報を探す」などのように、様々な学習をしなければいけない「情報の収集と利用」に関わる授業が足りていない。

非常に「調べる」ということ自体も高度であり、不慣れであることを認めたうえで、授業でどうするかを考えなければいけないなあと思うわけです。

しかし、探究なのか調べ学習なのか…

自分にとって「探究」型の学習を教科で実現できることは悲願である。PBLという学びの姿が自分のスタート地点にある。

プロジェクト・ベース学習の実践ガイド―「総合的な学習」を支援する教師のスキル

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学びの情熱を呼び覚ますプロジェクト・ベース学習

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厳密に言えば、探究は総合学習での話で、教科での話とは切り分けて考えなければいけない部分はあるけど、やっぱり教科の中でも実現をしていきたい気持ちはある。

そう思って生徒の活動を眺めていると、なかなか「探究」というのは難しいし、一体、どういえばいいのか自分の中ではっきりとしていないことを思い知る。

単純に表に出てくる成果物の良し悪しを自分が見ているのか、それとももっと別のことを見ているのか、自分の中ではっきりとしていない。

ただ、思いつく観点としては

  • その成果物が寄集めではなく、自分たちなりの再構成をしている
  • その成果物がその場の発表だけで終わらず、持続して意味を持ちそうなもの
  • その成果物に対して自分たちの意見も有機的に述べられている
  • 何よりも「はっきりとした問題意識」に基づいている

などなど…。

非常にあいまいなものであるけど、ぱっと見た瞬間に受け取る印象は大きい。もちろん、生徒の成果物を見るにあたっては、それまでの生徒の学習の履歴なども頭に入っているので、生徒の今の頭の中の様子は想像がつくので判断している部分はあるのかも。

目指してほしいのは、やっぱり探究…

調べ学習ですらハードルが高く、我慢強くやらなければいけないことであるのは重々承知しているのだけど、それでも、探究を目指していきたい。

そのためには、根本的な部分で「考える」ということを支援していかないといけないなあと思う。自分の頭で考えるというシンプルなことなのだけど、そのことをどうやって可能にするのか……難しいものです。

一つの可能性としては

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

 

のように問うことを繰り返していくことなのかもなあ…としみじみと思う最近です。

*1:他にも「国語総合」の言語活動例にいくつか情報についての例は挙げられており、かなり現行の指導要領では重要視されている

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