ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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生徒の読書の傾向から

Reading

来週からいよいよリーディング・ワークショップ。

本日は先週、「読書家としての自己評価」について生徒に書いてもらったものを整理していました。生徒と読書の話を面と向かってすることは、思えば、ほとんどないものです。

生徒から読書の経験を聞くことは

実は大きな問題として、生徒の読書経験を尋ねることはプライバシーの問題がある。

このあたりの感覚はかなり難しい。きちんと話を聞いて、生徒の実態を掴まなければ、伝えられないようなアドバイスがある一方で、あまり踏み込んで聞きすぎるのも、危うい気がする。

RWの最初には、必ず、「読者の権利」を教えます。

第一条 読まない権利
第二条 飛ばし読みする権利
第三条 最後まで読まない権利
第四条 読み返す権利
第五条 手当たり次第なんでも読む権利
第六条 ボヴァリズム(小説に書いてあることに染まりやすい病気)の権利
第七条 どこで読んでもいい権利
第八条 あちこち拾い読みする権利
第九条 声を出して読む権利
第十条 黙っている権利

ここに「黙っている権利」を伝えているのに、自分が指導者だからといって無神経に踏み込んだら非常に台無しである。

折衷案としては「言いたくないことは言わなくていいからね」としつこく伝えることくらいしかない。

幸いにして、生徒の方がかなり色々と自由に書いてくれるのだが、まあ……難しい。もう、自分と生徒の間の信頼関係に頼るしかないと。うーん。

生徒の読書の傾向について

さて、そうして集めた機微な情報ですが、書けることを少し紹介してみます。あまり踏み込みすぎたことは書けませんが、それでも、高校生の一端を知るのには役に立つのではないかと。

900番台が読書の中心

生徒の読書の傾向を聞いてみると、多くの場合は900番台の、いわゆる文学作品を読むことがほとんどのようです。文学のジャンルとしても、比較的、ミステリーや恋愛物が多いようです。

さすがに高校2年生ということもあり、全体の1割くらいは、近代文学や文豪の文学も好きで読んでいるという生徒もいるようです。

逆に、新書や評論はほとんど読まない、むしろ苦手だという意識がある生徒が多いようです。このあたりの評価はどう考えたらいいか難しい。授業で評論を読むのはそれほど嫌いではないけど、自分の読書として評論は読みたくないという。

200人くらいを相手にしますが、随筆や詩を読むという生徒は2人くらいしかいなかったのも印象的。随筆を読むと答えた生徒はかなりの読書家であるというのも、色々考えさせられます。

読書は嫌いじゃないんです

コメントとしてかなり多かったのが「読書は嫌いではない」ということだ。

こういうコメントが出てくる背景には、「大人は、子どもは読書しないし、できないと思っている」という子どもたちの忖度がありそうな気がします。

でも、「読書が嫌いではない」とセットで出てくるのが「嫌いじゃないけど読書する時間がないのでほとんど読めていない」というコメント。時間がないという意見がとにかく多い。

逆に言えば、「嫌いではない」からこそ、授業で読書の時間を確保することで、生徒がやりたいことに挑戦できる時間を手渡せるのではないかと期待したい。

子どもの頃は読んでいた…けど

上の項目とも重なるけど、生徒のコメントで「小学生の頃は毎日読んでいたけど、だんだん読まなくなった」というものは多い。これは

全国学校図書館協議会|調査・研究|「第63回学校読書調査」の結果

からも分かるように、小学校の読書指導の丁寧さが感じられるところであり、中高でだんだんと読書に手が回らなくなっているという実態が感じられることでもある。

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http://www.j-sla.or.jp/material/research/63.htmlより

 

通読できないことを悪いことだと思っている…?

また、かなり印象的なこととして、「本を最後まで読めないことが多いです」とか「途中までで辞めてしまいます」とか「飛ばし読みしてしまいます」などのようなコメントが多いことがある。

書きぶりから想像するに「最後まで読めないのはレベルが低い悪いこと」「通読しなければ読書ではない」というようなイメージを持っているんじゃないかということだ。

上に紹介した読者の権利にあるように、別に本を最後まで読まないことは悪いことではないはずである。買った本だって、もったいない気分にはなるけど、つまらなければいつまで経っても積読のままか、そのまま読まないことだって多い。

読みたいところしか読まないような読み方だってしますよね。

こうした「通読以外は読書ではない」という思いを取り除くことは、ちゃんと授業でやらなければいけないことだなあと思います。

どんなミニ・レッスンから始めようかな

こうして生徒の意見を見てみると、自分がやろうとしていたミニ・レッスンが奇をてらいすぎだなあと思う。例えば、

難解な本を読む技術 (光文社新書)

難解な本を読む技術 (光文社新書)

 

のような話は、勤務校の生徒には受けるかなぁと思ったけど、そんなこと以前に、もっとちゃんと「自由に読んでいい」「気楽に読んでいい」「幅を広げていい」という話を伝えないとダメだと感じました。

去年は図書館分類番号を教えたりから始めましたが、さて、今年はどうしようかな。

読み聞かせを高校2年生にする意味ってあるのかな。でも、ジャンルを伝えるには読み聞かせは効果的だと思うし。

非常に悩みます。

しかし、楽しい読書の時間にしたいところです。

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