ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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『日本語学』の興味深い連載の話

Fake japanese

個人的な興味関心の紹介。

あまり高校の授業で文法を教えることはないので、自分の専門が行方不明になりがちなのですが、一応、自分では文法をやりたい人なんです。日本語学の人なんです。

だから、日本語学と国語教育という関係については、結構気にしているんです。

実は数か月前から面白い連載が…

『日本語学』という雑誌があります。

日本語学 2018年 01 月号 [雑誌]

日本語学 2018年 01 月号 [雑誌]

 

この雑誌で2017年の8月号から2018年1月号まで、京都外語大の森篤嗣先生が「日本語学から眺める教室内コミュニケーション」という短期連載シリーズを掲載されていました。

これが非常に面白いのです。教室内コミュニケーション研究という聞きなれない分野ですが、これは連載の内容から引用すると

「教師の話し方」と「児童生徒の応答」を対象に、言語的側面から分析をおこなうのが教室内コミュニケーション研究である。

(『日本語学』Vol.35-9 P.72より)

という内容であるそうだ。

連載の内容については、各回の『日本語学』をお買い求めいただいて確認していただきたいところだけど、少しだけ紹介すると、例えば「教師の口ぐせがどう教室内に影響を与えるか」ということや「教師のしゃべりかたには特殊性があるのではないか」ということや「評価に使われる語句をテキストマイニングすることで客観的な指標を作れないか」という研究の一端が紹介されている。

余裕があればどこかで自分もこれについて意見を書きたいなあと思うくらいに、とても興味が惹かれる内容だ。

国語の教員のアキレス腱…

この連載は、どれも量的研究からのアプローチが中心である。つまり、実際に会話を文字起こしして要素にわけてカウントし、統計的に調査を行っているものが多い。

割とシンプルで分かりやすいものになっているのだけど……それでも、おそらく経験的ン国語の教員の過半数はアレルギーどころかアナフィラキシーショックを起こす可能性が高いと感じます(笑)。

つまり、何を言っているのかさっぱり訳が分からん、まったく国語の授業に使えない!と言ってしまうような人が多いように感じるのです。

実際問題、統計としてどうだ、研究としてどうだ、ということがそのまま教室に持ち込めるわけではないので、研究そのものが理解できないでもいいとは思うのだけど、アレルギー反応で考えないという態度はいかんよなぁと思う。

どうしても、「国語の」先生の場合、統計と聞くだけで逃げたくなる人は多いものですからね…。なかなか難しいものです。

個人的には宇佐美(2001)*1などのディスコースポライトネス理論などに興味があるのですが……授業にどうしようか!と話すにはかなり距離感が遠いなぁと。

個人的な趣味

去年の6月号は敬語研究でした。

日本語学 2017年 06 月号 [雑誌]

日本語学 2017年 06 月号 [雑誌]

 

国語教育という意味では、蒲谷先生の「待遇コミュニケーション教育としての敬語教育の考え方」が重要だと思いますが、個人的な感想を言えば、ここで述べられていることは、この分野ではかなり昔、少なくとも十年以上昔には指摘されていたことであって、暗記しろと思考停止を押しつけるか全然うさんくさい説明をする国語の「敬語」の授業の情けなさを思う……が、別に敬語だけでなく、文法全般が教員の知識との乖離が広かったのでした。

やっぱり、色々、扱いに困るなぁ……。

*1:宇佐美まゆみ(2001)「談話のポライトネス―ポライトネスの談話理論構想―」『談話のポライトネス』第 7 回国立国語研究所国際シンポジウム報告書、国立国語研究所編、凡人社、9-58 頁 

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