ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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文法指導と書くことの指導

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昨日、Twitterで少し話題になっていた文法指導とそのほかの領域との関連の話を書いてみる。もちろん、本気で書き出すと自分の一番やりたいことなので簡単には書けない。だから、まあ、たまたま最近目にしたことをメモとして紹介しておく。

昨日のTwitterハイライト

昨日、話題にしていたのは以下の通り。きっかけは勘米良先生のツイート。

そしてそれに反応した自分を含めたツイート。

まとめてみてから、Togetterでやれと思いました。

個人的にふわっと思っていること

文法教育は何を担うのかということを考え出すと、平日に気軽に書けるものではないので、基本的に思っていることをちょうどTwitterにも書いたので引用しておくと

ということである。

牽強付会にあらゆることを文法に結び付けて解説しようとしてしまうと、文法でやらなくてもいいことを担ってしまうことになり、結果的に文法でなくてもよいということになりかねない。

このあたりの考え方は伊坂淳一(2002)「文章」『日本語学』 21(5) (通号 249)の指摘を踏まえての考えである。

「読解に役に立つ文法」は、しばしば好んで使われるフレーズであるが(中略)「言語知識から読みへ」という流れは、むしろ逆転させる必要がある。(P.50)

だから、文法教育の価値を見直していきたいとは思うものの、安易に三領域に結び付けて何かができるということを主張することは避けたいと思っている。しかし、そうやって自重していると何も周りを説得できるようなことは言えなくなってしまうのが悩ましいところ。

参考資料の一つとして

そんなところに、ちょうど今月の『国語教育』で秋田大学の成田雅樹先生が「書くこと」の言語活動について「文種特性の省察を促す言語活動」という記事を書かれていたのが非常に面白かった。

教育科学 国語教育 2018年 02月号

教育科学 国語教育 2018年 02月号

 

内容としては指導要領に示された「言葉による見方・考え方」についての解説と、その「言葉による見方・考え方」を働かせるような言語活動として何が必要かということについて論じたものになっている。

そして、「書くこと」について、「推敲」や「文集の編集」など、省察(言葉への自覚)に関わる言語活動の重要性を指摘している。

上で引いた伊坂(2002)に近く、実際に言語活動をしてみて、その活動を振り返って文法を自覚していくという流れだ。

もちろん、直接的に文法について論じているわけではないのだが、言語に対する自覚という点を強調することが、文法教育にも近い部分も感じ、参考になると感じる。逆に言えば、最初の勘米良先生のツイートでの問題提起に戻ってきてしまい、堂々巡りになるような部分でもあるが……。

色々と自分の集めた論文とかひっくり返していたら2時間以上悩んでいたことになったので、今日はここまで。やっぱり、文法はブログに書くにはよくない。自分の時間が飛んでいく。

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