ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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【書評】「何のための教育か」と思い知らされる

高大接続の本質―「学校と社会をつなぐ調査」から見えてきた課題 (どんな高校生が大学、社会で成長するのか2)

高大接続の本質―「学校と社会をつなぐ調査」から見えてきた課題 (どんな高校生が大学、社会で成長するのか2)

  • 作者: 溝上慎一,京都大学高等教育研究開発推進センター,河合塾
  • 出版社/メーカー: 学事出版
  • 発売日: 2018/02/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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とにかく、今月は本が多い。そして内容が重い。

昨日、紹介した『情報時代の学校をデザインする: 学習者中心の教育に変える6つのアイデア』に負けず劣らず、重要な一冊です。

まだ、例によって流し読みですが、やはりエネルギーを感じる本なので、簡単でも紹介します。

 この文章をどう思いますか

この本の「はじめに」の部分で溝上慎一先生は次のように書いている。

残念ながら、ただ合格することだけを目指して、競争的な、あるいは伝統的な大学を受験する生徒が少なからずいる。大学で何を学び、どのように成長したいかも十分に考えないで入学してくる学生が少なからずいる。高校の中には、確信犯的な学校もある。さまざまな<残念>が絡み合っている。「いったい何のために教育をしているのだ」「何のために教師になったのだ」と投げかけたい気持ちになる。(PP.4-5)

自分の周囲に投げかけても、大所高所から「偉そうだ」というコメントしか得られないような気がする。

非常に<残念>であると自分も感じるのであるけど、その言葉が伝わらないような教員・学校が多いということを思い知ってしまっている部分もある。学校が入試対応を温くすると塾産業が入り込むということも様相を複雑にしているようにも思う。

この本でこのように厳しく「確信犯的な学校」が批判される理由として、「自律のエンジン」を持ち、力強く学んでいくための基盤を学生に保障するためには、大学だけでも高校だけでもなく、それぞれの段階で解決しなければいけない課題を数多く抱えているのだということが、「10年トランジション調査」から明らかになりつつあるからだ。

幼稚園、小学校、中学校までも含め、高校、大学へと続くトランジションリレーを上手く行っていくことの重要性が改めて強調されるということが、本書からは示唆されるのである。

細かい要素の内容については、下手にキーワードだけ挙げると勘違いして捉えられてしまいそうであるので、ここで引用して説明することはやめておきますが、ざっくりというのであれば、「ちゃんと先々を見据えて、今の子どもに必要なことをちゃんとやる」ということに尽きるのである。その「ちゃんとやる」ということが、テストの点数さえ取れればよいという話ではないということである。

伝わんないかなぁ…

別に上手く授業することを否定している訳でも、何か教科の知識について高度に理解して使いこなせるようになることを否定しているわけでもないのですが、こういう話を持ちだし、アクティブラーニングの必要性も考えなければいけないということを言い出すと、「学力軽視だ」「進学校として間違っている」などとヒステリーを頂戴することは少なからずある。

しかし……本当、そのことが理解できない。なぜ、そういうヒステリーを受けるのかということが全く理解できないのだ。

自分の授業でいうことを聞かない生徒が痛い目に遭っても自業自得程度にしか思わないのでしょうか。そんなことを言い出すのであれば、一体、何の権利があって生徒に偉そうに教えるという行為ができるのでしょう。やや意地の悪い言い方すると、学校教育法では

第五一条 高等学校における教育は、前条に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

  • 一 義務教育として行われる普通教育の成果を更に発展拡充させて、豊かな人間性、創造性及び健やかな身体を養い、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。
  • 二 社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な知識、技術及び技能を習得させること。
  • 三 個性の確立に努めるとともに、社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、社会の発展に寄与する態度を養うこと。

とあるわけで、「必要な資質を養うこと」も「社会の発展に寄与」もしないような、ことを「教育」と呼ぶわけにはいかんのですよ。

「必要な資質」だとかの正体が何なのかは分からないともいえるけど、この「10年トランジションリレー」で明らかにされつつある、将来にわたって影響する態度などについては無視してはならないのではないかと思う。

なお、改めてしつこく言っておきますが、本当、自分の授業を聞かないからと言って生徒をメタクソにいう人には、速やかに自省するかご退場を願いたいと思う。そんな人が近くにいると自分がストレスにやられる。

世の中の多くの人はそこまで害悪な性根はしていない。

しかし、悪意なく呑気に現状維持なのである。

その悪意のない現状維持へ噛みついていくことが非常に気が重くなるのである。

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