ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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何のための授業なのだろうか

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気づけば3月もあと2日。来週の今頃には「明日から生徒がくるのか……」とぼやいていると思います笑。

この短い期間ではなかなか熟考するほどの余裕もなく、新しいことをあまり考えられずに新学期になりそうなのが心配です。

今読んでいる本

とりあえず、休みであることを活かしてダラダラと読んでいるのがこれ。

教育目標をデザインする: 授業設計のための新しい分類体系

教育目標をデザインする: 授業設計のための新しい分類体系

  • 作者: ロバートマルザーノ,ジョン・S.ケンドール,Robert J. Marzano,John S. Kendall,黒上晴夫,泰山裕
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2013/09/25
  • メディア: 単行本
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どこかでまとめてブログに書こうと思いますが、教育目標―授業―評価の関係をちゃんと見直していかないといけないとつくづく思う。

自分が今やっていることが周りに対して、校内の他の先生に対して訴求力がないことの一つに、比較的、国語科の内向きな価値観を掲げてしまっている(つもりはないんだが…)ことや今までの普通の授業とは全く別の価値観で授業をしているものだから、「見学したところでよく分からない」ということもある。

まあ、それでも罵倒される筋合いはないんだけど。 

www.s-locarno.com

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現在、やる気をなくしてダラダラとしている理由として、罵倒されたことは大きいのでまだまだ引きずりますよ、ええ。

話をもとに戻すと、もう少し「客観的に」*1見てもらうために、こういうタキソノミーのようなものを示してみてもらうのも必要なのかなぁ…と。しかし、あまり自分がそういうことに腹落ちしていない部分があるのでうまく使えるかは難しい。

合わせて読んでいるのが最近発売になったこの本。

学習設計マニュアル: 「おとな」になるためのインストラクショナルデザイン

学習設計マニュアル: 「おとな」になるためのインストラクショナルデザイン

  • 作者: 鈴木克明,美馬のゆり,竹岡篤永,室田真男,渡辺雄貴,市川尚,冨永敦子,高橋暁子,根本淳子
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2018/03/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「学び方」を学ぶための本になるわけだ。向後先生がレビューをアマゾンに書かれているように

意味のある学び方を習得するためには、教えることの理論と実践であるインストラクショナルデザインを学び手側から使えばよい。

Amazonカスタマーレビュー

教員としてどう学ぶのかということにもつながるし、教員として学び方をどう教えるのかということのメタ認知にもつながるのです。これを読んでいるとやはりどうしても

学生を自己調整学習者に育てる:アクティブラー二ングのその先へ

学生を自己調整学習者に育てる:アクティブラー二ングのその先へ

  • 作者: L.B.ニルソン,Linda B. Nilson,美馬のゆり,伊藤崇達,深谷達史,岡田涼,梅本貴豊,渡辺雄貴,市川尚,畑野快
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2017/07/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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についての議論は読み直さないといけないかなと思う。

ますます授業が何のために行われ、誰のために行われ、誰が主導権を握るのかということについて考えさせられるのである。

現実離れしないように…

しかし、時々、嫌になるのが、こういう勉強をしていることの価値を自分が周りに説明しきれないことである。職員に対しても、生徒に対しても。

勤務校の性格上、二言目には「でも、入試の実績にならないでしょ?」と言われると、それに同調されてご批判を賜ることは少なからずある*2

正直、入試の問題が解けるようになるかどうかということに自分自身がそれほど関心がない。もちろん、生徒にとっては人生に関わる一大事なのでちゃんとそれはクリアできるようになることも踏まえて授業を設計している。問題はそんな目の前の問題が解けるか解けないかということにあるんじゃないと思っているし、問題を解けるようにさせるためだけに学校なんて面倒くさい場所で働いているのではない。

こうしてなんだか気づいたらアクティブ・ラーニング型の授業ばかりやっているように見えて、改革に踊らされているバカみたいに思われることが多いのですが、そんな浮ついた理由で七面倒な授業準備をしてまで生徒に任せっきりにしているのではない。

生徒に任せるということは、放任なのではない。用意周到に色々な可能性を自分の中で理解し、深めておいて、それでも教員がでしゃばることなく生徒を見取ることに徹して、その場でしか出来ないことをするということなのである。どのクラスでも、何年前のノートか分からないようなものを見て、同じことをスピーカーのように繰り返すだけの授業に嫌気が差しているからこそ、毎回、ギャンブルのように不安を抱えてでも、生徒に授業の時間を返しているのである。

新年度は入試からは離れて生きていきたいものですね。勤務校においては価値観が合わない。

*1:そもそも「客観的」ってのが難しいのだが…。

*2:しかし、実際、入試の学力という点でも今やっていることで下がることもなかったのである。過去書いたアクティブラーニングを続けて「学力」はどうなったか を参照。

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