笠間書院の国文学関係の本はやっぱり安心感がある。
今回、『和歌のルール』『俳句のルール』に続いて発売になった『漢文のルール』も非常に高い品質の一冊でした。
- 作者: 日原傳,山本嘉孝,小財陽平,堀口育男,合山林太郎,堀川貴司,杉下元明,高柳信夫,小野泰教,國分智子,鈴木健一
- 出版社/メーカー: 笠間書院
- 発売日: 2018/05/18
- メディア: 単行本
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編著の鈴木健一先生を初めとして、早々たる面々が執筆されているだけあって、内容も初学者向けながら、様々なところに気づきのある内容でした。
楽しく読んでもらいたいという意図
本書は鈴木健一先生が「はじめに」と「おわりに」を書かれていますが、そこを読めばはっきりと分かるように「漢文を楽しく読んで欲しい」という願いの熱量を感じ取ることができます。
「はじめに」ではっきりと鈴木先生が述べられているように、国語教育で漢文の置かれている立場は決して安心できるものではありません。
もう一つは、今日において、漢文という教科を取り巻く環境が変化しているということです。さきほど国語は現・古・漢から成り立っていると記しましたが、漢文はむずかしい、漢文まで入れると国語という教科の負担が重すぎるなどの理由によって、漢文に時間や労力を割く高校生は減っているように思われます。(中略)漢文という教科はやや劣勢に立たされているという現状も認識しておく必要があります。(P.7)
残念ながら、勤務校の場合、「入試に出ない」という理由で生徒のみならず、教員も漢文の授業時間をあまり確保しないカリキュラムを作っているような状況であり、この本文の指摘が丸々と当てはまってしまいます。
自分自身は、現代文しか持ちコマ数として回ってこないので、古典へと口を出せる立場にはないのですが、漢文の理解の仕方と抽象的な評論などを読む力、文学の下敷きとなっている素養などの面から考えても、漢文を軽々しく扱ってほしくはないなぁと思う気持ちもありますが……難しいところです。
そのような「劣勢」でありながらも、漢文の必要性を大所高所から説き伏せるというのではなく、「どうしたら今よりももっと楽しく読めるのだろうか」という視点で、読者に色々と語りかけてくるのが、本書の出色な部分だと思うのです。
「おわりに」で鈴木先生の述べられている提案は非常にシンプルに「好きなこと・楽しいことから始める」というものです。この提案の説得力が本書全体の丁寧な説明や楽しさを伝えようとする表現から保障されているのです。
言葉として漢文に向き合うということ
本書の漢文の解説の面白さは、内容的には学校で使っている「文法書」のようなことと重なることも多く書かれています。例えば、語順だとか返読文字、再読文字などです。
ただ、やはり「授業」で使うための道具として書かれているのではなく、「読みもの」として書かれていることが面白さです。
国語の授業で喩えて言えば、指導書にはあまり出て来ないようなことで、でも、よく勉強している教員なら生徒にきちんと伝えるような……そういう話です。例えば「返読文字」や「置き字」も授業で教えるなら「必ず返って読む漢字だから覚えよう」「読まない文字だから無視していいよ」くらいで済ませてしまうことも多いでしょうけど(そもそも生徒の反応を見ると返読文字を知らないようなので触れてもいない…?)、本書だと「返読文字」や「置き字」って結局、何のためにあるのかということなどについてもきちんと答えを記しています。その答えはぜひ、本書を見ていただきたいところ。
単純に暗記する、規則として理解するではなくて、言葉として、そして文化としての漢文の足跡を教えてくれています。
漢文というハードル
非常に面白い本書ですが、生徒が読んでくれるだろうかと思うと少し気が重くなります。
他の『和歌のルール』『俳句のルール』と比べると明らかなのですが、漢文は簡単に説明しようとしてもスタートのハードルが高いのです。
まず、他の二冊と同じように大きな「ルール」の解説から始まっているのですが、これが、もう明らかに情報量が他の二冊よりも多い。そもそもが外国語を理解しようという営みなので当然の話なのですが、この分量の多さが心理的な負担になっていることは間違いないと思う。
また、そこに追い打ちをかけるように、「古典文法」の知識が必要であるということも見逃せない。本書を読むときには、できるだけ文法的な知識はなくて困らないように書いてあるのだが、全くの初学者や古典嫌いの生徒たちが読めるかと言えば……かなりキツイ。
乗り越えていかなければ、面白さにも気づきにくいところであるので、ジレンマである。
思うに、こういう本を読めるような下地は、やはり授業で身につけられるようにしなければいけないんだろうなあと思うが、鶏が先か卵が先か……、工夫を考える責任を感じます。
余談
余談ですが、個人的に鈴木健一先生の文章は好きです。
生徒にもぜひ読んで欲しいなぁと思うのは、ちょっと押し付けがましいかな。