最近、色々な場所でのICTの活用についての話を聞くのだけど、やはり学校でのICTの活用はそれほどスピード感のもって行われていることではないと感じる。逆に言えば、スピード感をもって取り組んでいる場所は、かなり目立つ成果を見せてくれていますが。
なぜ、これほどに活用が進まないのだろうと、勤務校を振り返って思うことは多々あります。
教員にもお手本は欲しいのかも
教室の中であまり生徒が積極的にICTを使いこなさない原因の1つとしては、教員の方があまりICT機器を使っていないからと言う問題もあるんじゃないかと思う。
さすがにスマホを使っていないという人は少数派(ゼロではない)であるので、ICTと全く縁遠いかと言えば、そうでもないとは思うのだけど、授業で使う、知的生産として使うという使い方はほとんどないのだろう。
それだけに、「授業でスマホ使います=生徒が遊んだらどうするんだ」となりやすいのではないかと思う。自分が遊びでしかスマホを使っていないから(嫌みである)。
まあ、冗談はともかく、便利な道具ではあるけど、その便利さを使って何か知的なことをやるということは、よほどの物好きでないとやっていないということです。だから、いざ、授業で知的生産としてスマホなりICTなりを使おうとしても、イメージ自体が共有できないのかもしれない。
目につくような「先進校」の取り組みはあまりに先に行き過ぎてすぐには出来ないし、だからといって今までの授業の文脈に木に竹を接ぐような方法で取り入れても、上手くいかない。八方塞がりである。
結果的に、最近、教えてもらったのですが、ICTを活用せよと言われた教員の反応としては「便利なアプリを教えてほしい」というものだそうだ。なるほど、アプリは直感的に便利なことができるし、すぐに誰でも活用できる。
でも、誰にでもどこでも簡単にできることって、非常に限定的ですよね。そして、やりたいことが、アウトプットしたいことが見えないで、アプリで出来ることしかやらない授業というのもどうなのだろう…。
現実的な取り組みとして…
これから書くことは非常に低レベルに思われるかもしれないけど、使い慣れていない学校がICTを使っていくために必要なことだと思って書いてます。
例えばiPad。
教員にiPad を渡したところでどれだけたからのもちぐされをしているか。下手すると高級文鎮である。最初は目新しくて触るのだけど、段々と面倒になる(地味に重いし)。
そんな状況を打破していくためには、地道に普段から使っていかないといけないのです。
たとえば、まずはこまめに上の書類をカメラで撮ってスキャンしてもいいし、そもそも紙で印刷しないで、PDFデータでiPadにダウンロードするようにしても良いので、日常的にiPadを使って便利だということに気づかないと、なかなか話は先には進まないだろう。
Apple PencilでノートがわりにiPadを使うなんて話は見た目はとっつきやすくて簡単に見えるのだけれども、実際にやるとなるとかなりiPad自体の操作に慣れていないと活用の仕方が難しい。ノートアプリの操作感は結構クセがある。そもそも、手やったほうが話が早いんですよ。普通の人にとっては。
だから、そんなところから始めるよりも、まずは書類をiPadで見る…というところから始めてもらわないと厳しい。
そうして、段々と書類が電子化されてきたら、次はiPadなりで書類を作るようになってくると、いよいよ授業への活用の道筋が見えてくるというところでしょうか。
バカにしていると思う?本気ですよ。このくらい地道に普段使いをしていかないと、授業でどうやって知的生産するかという話にはつながっていきにくい。
このスピード感で間に合うか
まあ…色々と厳しいだろうと思う。
でも、なんちゃらというアプリでしかできないようなICTを使った授業なんて、学校の外には繋がらない。
学校の中だけの授業をどうやって成立させるかという話ではなくて、学校の外側に向かっていけるICTの使い方でないと。
だからこそ、仕事の中でまずは教員が地道に使ってみることだと思うのです。