ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

生徒会活動の様子を見て

Conference seats

生徒にとって生徒会活動というものは、果てしなく自分とは無関係の出来事なのだろうか。

思えば、自分の母校だって、生徒会活動に目を向ける生徒はいなかったように向ける。ただ、何となく淡々と過ぎていくものである。そういえば、生徒会長がいなかった時代がある。立候補者がいなくて。

そんなことを見てきているので、あまり生徒に強く必要性を説く気にもならないのだが……。

机上の空論なのか

 

前々から言っているように、今まさに取り組んでいる文章は「である」ことと「する」ことである。言うまでも無く、市民の政治行動についての意義を問い、必要性を説くことが一つの柱となっている文章である。

日本の思想 (岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

 

生徒達はそのような文章を読み解き、自分の考えを持つことまで求められているわけであるのだが……。

自分が当事者となると、全くもって厄介な行事としか捉えれないようで、今日もホームルームに戻ってきて述べるコメントは「こんなの意味が無い」「自分の時間を損した」ということである。

まさに、自分に無関係なことに対して、積極的に当事者にならねばならないということの難しさを体現しており、教科書の本文の中で鋭く批判されている態度に陥っているのである。

その割には、自分たちが「現代日本の問題点の具体例はないか」というと、投票率の低さだとか、政治に対する若者の無関心だとかいうのだから、なかなか滑稽である。

一体、何を教えているのでしょう

 

社会で生きるためのスキルとして、教えておくべきことはそれとして教えるし、それなりに進学するにせよ、社会人になるにせよ、自分の頭で考えて生きていけるくらいのことは指導しているつもりである。

しかし、自分が実際の当事者になることを教えられていないのかもしれないなと思う。そうなると、非常に机上の空論のようなことをやっているような気がしてくる。

今、まさに目の前にある、自分たちの現実に対して、自分たちを括弧に入れて外側において、自分とは無関係だと言わんばかりの分析は、利口なのかもしれないが、何をしているといえるのだろうか。

難しいね、目の前の生徒の生活に生きていかない授業って、3年間で何をしてきたのでしょう。

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