ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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【書評】多拠点に生きるということ『フルサトをつくる』

Country road

積読を消化。

もっと早く読めばよかったかもしれない。

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方 (ちくま文庫)

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方 (ちくま文庫)

 

「移住」に関わる話のように見えて、もっと色々なつながりを考えさせられる面白さがありました。

多拠点居住で生きるということ

本書のコンセプトは表紙にあるように「帰れば食うに困らない場所を持つ」ということである。

どうしても「フルサト」という言葉を聞くと、政策的な「地方創生」という言葉を連想してしまいがちで、大所高所から力んだ考え方になりがちだ。だから、思考としても「骨を埋める覚悟があるのか、ないのか」のように都会と田舎の二者択一思考に陥りやすい。

しかし、本書はそういう二項対立を軽やかに乗り越える主張をしている。

フルサトをつくる、ということは田舎のへの完全移住ではない。また、すぐには完成しないのだが、少しずつ育てていくためにもやっぱりそこに行くだけで楽しく生きていける場所がよい。(P.26)

 

大事なのはそれぞれが自由意志のもとで暮らして、お互いに協力できることがあれば適宜していければよい、という感覚である。(P.30)

 

非常にゆるやかに、色々な場所で自分たちが自分たちの役割を果たしてつながるようなイメージである。一箇所にだけ何かを集中投資するのではなく、少しずつ、自分の好きなものに対して分散して関与していくというイメージ。

もちろん、一方で都会の人間がその地域に何の見境なく乗り込んで、自分たちの好き勝手をやることを本書は説いているわけではない。むしろ、その地域にもともとあるものを丁寧に活かして、その地域に少しずつ馴染んでいくことをの大切さが述べられている。本書の言い方を借りるのであれば、「自分たちに必要なものを協力し合いながら作っていく」(P.191)ことを大切にした考え方である。

根本的には資本主義、経済における競争、選択と集中のような価値観に対して「吾唯足るを知る」という発想からの提案である。

仕事に追われることや競争しなければいけないことに疲れている人にとっては魅力的に映る提案だろう。

もちろん、なかなか実行に移すには難しいハードルがあるだろうし、実際の田舎に行ってみればなかなか思い通りにならないことも多いだろう。自分としては田舎で子どものころ育ったこともあるので、こうして田舎と都会に拠点を多元的に持てることに憧れはある。

しかし、本書の重要な「価値観」の本質は、「田舎」に行くことではないように思う。むしろ、「移住」するかどうかにとらわれると、憧れの方向を間違えてしまう可能性すらあるように思う。

本質は「つながり」を求めるということ

本書の価値観がよく現れているのは次の二箇所のように自分は思う。

文化をつくるというのは、基本的には自分が楽しいと思うことをやればいいものだし、仕事のようにそんなにきっちりやる必要もない。(中略)一緒に楽しめる仲間さえいれば何でも楽しいものだ。(P.203)

 

世紀末延長線を生きる身としては、「フルサトをつくる」ことは、しぶとく生きていくための作戦である。一つ一つ時間をかけて、自分たちの手で複数の拠点をつくり、それぞれのネットワークを構築する。自分以外の「フルサト」を訪ねて各自の工夫を共有したり、連携を図れるとかなり丈夫な生活体系になると思う。(P.237-238)

 

見方によっては「内輪のみで楽しむ」ような息苦しさや見苦しさを感じとる人もいるかもしれないし、「甘さ」のようなものを感じ取るかもしれない。どうしたって、これだけ変化の激しい時代を生きていると、息苦しさを感じ、「仲間内でワイワイ」していればいいというような価値観を受容しにくいかもしれない。自分から競争から降りるようなことは恐ろしい。

「学校」という自分のフィールドを考えたときに、なかなかこういう価値観を説く余裕もない。既存の価値観どころか、これからはますます「実用性」に偏りがちなこれからの学校である。

しかし、逆に本書で説かれるような「ゆるいつながり」について思い当たることある。それは『学び合い』である。

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自分にとって「ゆるいつながり」で集団と関わっていくことの意義を説く考え方である。地元の力を、自分たちのつながりの力を、子どもたちの財産として、教室で実現しようする考え方である。

自分はその「語り」の自信がないことや、まだ別のことをやりたいという思いがあるので、『学び合い』自体を授業ではやらないと思うが、「ゆるくつながる」ことで生徒にとっての得があるのもよくわかる。

もしかすると、『学び合い』の社会の中での実現のされ方の一つの姿が本書なのかもしれない。

『学び合い』の実践者から見て、どう見えるのか、気になるところです。

生き方は多様でいい

多様な生き方が認められるのは理想的に見える。

ただ、その多様を認めるためには、現実的な問題と対峙しなければいけない面もある。その意味では本書は一種の前向きな提案かもしれない。

今回の書評ではあまり取り上げなかったが、本書ではSNSなどのインターネットを活用することのメリットも説いている。

「ゆるやかにつながる」ということが少しずつ、簡単にできるようになっていることを前向きに捉えていけないかなぁと思うのである。

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