思ったよりも読書の速度が上がらない。気分転換がてら、少しだけジャンルの違う本を読んでもいます。
まあ、毎度おなじみの中原淳先生なので手に取っているわけですが。
「研修」と「授業」はよく似ているように思いますが、やはり大きな違いもあるので、直接、ビジネスの方法を輸入して真似るわけにはいかないとは思いますが、それでも面白い点がいくつもあります。
きっかけは企業の人の話を聞いて
この本は発売当初はスルーしていたのだけど、先日、ちょっとした機会に、企業の人事担当の教員向けの講演を聞くことがあった。
そこで聞かされた話の大筋はともかくとして、ちょくちょくと話の節々に「これだけ優れた育成を企業をしているのに学校は社会をわかっていないで旧態依然のことをしていますね」というような雰囲気を感じた。まあ、被害妄想である。
しかし、実際問題として企業としても「研修」を通して、社員を「教育」しているわけですから、その工夫や方法論については色々と学ぶべきことはあるんだろうと感じる。近年の教育政策の動向をみると「人材の育成」という面に(それがよいか悪いかはさておくとしても)傾きつつある部分はあるわけで研修をめぐる理論を知っておくこと自体は必要かなと思うのです。手法自体を取り入れるかは別としても、企業のあり方を知っておくことで、今回の自分が持った反感のような無駄な軋轢を減らせるわけですし(笑)。
本書の構成とコメント
本書は大きく三部構成になっている。
- 研修転移の歴史、理論的枠組み、実践作
- 研修転移の実践例
- 研修転移を促すための働きかけ
本書の大きなテーマは「転移」である。つまり
人事部が実施する研修などの人材開発は、「組織の戦略を実行し、目標を達成するための手段」であり…(中略)…追求するべきは「学ぶことそのもの」だけではなく、「実践されること、成果を生み出すこと」なのです。(P.2)
とあるように、「研修」で実践したことが直接的な「成果」に結びつかなければいけないという前提がある。
考えてみれば当たり前で、人材開発には莫大な費用がかかっているわけで、それを「やりっぱなし」で終わらせてしまったら、それこそ大げさに言えば企業の存続に関わってくる。だからこそ、「成果」という点についてはシビアに考えるのだろうし、逆に言えば「学校」の教育が「成果」について「ぬるい」と見られてしまう部分もあるのだろう*1。
では、研修の成果とは何か、どのようにすれば効果的に成果を得ることができるのかということについての議論が必要になるが、それを比較的、網羅的にできるだけ丁寧に説明しているのが第一部の理論編である。
この理論編は、個人の変容のモデルや知識が転移していくモデル、組織的に取り組む方法論や研修の評価の方法などかなり多岐にわたって論じられている。たった50ページ程度の解説に、注が100を超えており、本格的に踏み込むためにこの注を手がかりに元の論文にアクセスすることができるようになっている。
非常に抽象的でイメージしにくい部分でもあるが、抽象的なモデルだからこそ教育との比較がしやすく色々と考えさせられる部分である。
たとえば、効果的な研修を行うためには「組織」としての取り組みが重要そうだというのはわかるが、さて、授業となると、特に教科担任制の中高の授業について、そういう組織的なアプローチってできるのだろうかと思ったり、それがカリキュラムマネジメントの発想に繋がっていくのではないかと思ったりするわけです。
まあ、非常に大まかな紹介であるので、これをきっかけに少しずつ論文を拾っていくことで勉強しないとすぐに学校に活かすのは危険だろうとは思っています。
第二部は実際の企業の事例の紹介です。これはこれで読み物として面白い。教員向けの研修の評判の悪さといったらどうやら全国共通な部分があるみたいで(笑)*2、それと比べるとなかなか趣深い(笑)。もちろん、「カネ」の掛け方が全然違うのだろうけど、「組織」としての取り組み方については面白さを感じる。授業はともかく、教員研修はすぐに真似できることは多いんじゃないの…?
第三部は人事が研修を企画・運営・フォローアップする苦労について述べられていますが、この話が授業づくりに近いような話が出ていて面白い。見た目の手法の類似だけではなく、「研修する以上はちゃんと相手の成長を願いたい」という発想から語られる苦労に共感を覚えるのである。
実践の工夫というより社会見学として
そんなわけで、本書は学校の教員に向けては「実践の工夫を得る」ための本にするには安直すぎるけど、「社会を知らない」(と揶揄されやすい)教員が読んで、企業のメンタリティや工夫を知るにはよい本だと感じます。社会科見学のようの面白いですよ。
あと「転移」ということについては、教科でも出てくる話なので、興味があれば過去に自分が紹介した本なども合わせ読みすると面白いと思います。