ならずものになろう

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【書評】二学期が始まる前の宿題に『高等学校国語科新科目編成とこれからの授業づくり』

Daisho in Temple, Miyajima, Japan

明日から始業式の人もいれば、まだあと一週間の執行猶予の方もいるでしょう。

まだ一週間あるのであれば、ぜひ高校の先生はこの本を読んだほうが良いです。

高等学校国語科 新科目編成とこれからの授業づくり (シリーズ国語授業づくり)

高等学校国語科 新科目編成とこれからの授業づくり (シリーズ国語授業づくり)

  • 作者: 町田守弘,幸田国広,山下直,高山実佐,浅田孝紀,大滝一登,島田康行,渡邉本樹,日本国語教育学会
  • 出版社/メーカー: 東洋館出版社
  • 発売日: 2018/08/10
  • メディア: 単行本
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高校の学習指導要領解説も出たので、併せて読んで二学期から色々と試していきましょう。

新しいキーワードだらけの新学習指導要領

もう、うんざりするぐらい話題になっているので今更アクティブ・ラーニングだとか主体的・対話的で深い学びとか繰り返さない。

しかし、この二つのキーワードのおかげで、だいぶ全体像を理解しない、見取れていない人は多いのではないかと思う。というか、この二つのキーワードに限らず、「資質・能力」だとか「ものの見方・考え方」だとか新しい言葉も出ているうえに、科目構成が大きく変わることや、科目の中の内容の構成自体が大きく変化してしまっている。

この辺りは「案」が出たときに記事を書いているので、ここでは繰り返さないので、以下の記事を見てください。

www.s-locarno.com

上の記事でも話題にしたけど、今回の学習指導要領は「総則」との関係で教科の内容が出てきているので、単純に考えても見直さなければいけないことが大量にある。

しかし、どうもそのあたりの切迫感が現場にはない。今回紹介する本のまえがきにも

…多くの高等学校の担当者は、学習指導要領が変わっても自身の担当する授業内容には大きな変化はないと受け止めているのではあるまいか。(P.1)

と直接的に批判されている。

内容に良し悪しの吟味以前に、全体像をしっかりと捉え、その意図するところを見直さなければ、色々なものが変わった後にどうしようもなく取り返しがつかなくなる可能性がある。

その意味では、本書は全体を一つずつ詳細に解説し、授業案まで示してくれている上に、学習指導要領解説よりページが短い(笑)ので、とりあえず、一冊買っておいて損がりません。

「読むこと」偏重へのレッドカード

学習指導要領の内容面での変化として「実用的な文章をやる」ということが、センター後の新テストとなる「大学入学共通テスト」の試行問題の内容が示されたことで明確になったということもなって話題になっている。

しかし、それ以上に根本的かつ大きな変化であるのが各領域ごとの「時間数」が明示されたことだ。解説でも丁寧にわざわざ表で示されている。

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(解説編P.14より)

わざわざ、こうして時間数を分かりやすく明示した意図は、おそらくこれまでの高校の国語が明らかに「読むこと」に偏りすぎであったということが背景にあると思われる。

このあたりの「読むこと」偏重の高校国語の現状については、本書でも何度も指摘されている。

例えば、大学入試に頻出する著者の評論を取り上げ、入試対策を見据えてその思想について教師が一方的に解説している教室を見ることがある。(中略)国語の授業の主たる目的は、言語能力を育成することにあるのであって、現代思想に関する専門的な知見を獲得することではない。(P.12)

遠回しに「専門的な知見」に偏るような、紛うような授業を批判していますし、

これまでの共通必履修科目「国語総合」の「総合」とは、本来「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の「総合」のはずが、「読むこと」に偏重し、実態としては評論や小説、古文・漢文等を読む科目として定着し続けてきた…(中略)…近年はアクティブ・ラーニングが流行したこともあり、言語活動としての話し合いや、論述なども取り入れられるようになったが、そのほとんどは「読むこと」に付随する言語活動であり、育成すべき言語能力としての「話す力」や「書く力」に焦点を当てた授業は依然として低調だったと言っていいだろう。(P.32)

他にも何か所か「読むこと」では、新しい科目編成の内容について十分に授業できないのだということが指摘されている。

そして、何よりもわざわざ「内容の取扱い」の解説のところで、

当然のことながら、学習指導要領には一定の法的拘束力がある。そのため、この規定を無視したり勝手な解釈をしたりすることによって、任意の領域のみの指導を充実させることは不適切である。(P.17)

と述べているが、「任意の領域」とぼかしてはいるが、明らかに「読むこと」偏重の現状が念頭にあると思われる。

結局、「読むこと」偏重から抜け出せない理由としては、本書では「能力ベース」ではなく「教材ベース」で授業を考えていることにあるのだと指摘している。だからこそ、本書では「新しい教科書はどうあるべきか」ということについて、それぞれ共通必履修科目である「現代の国語」と「言語文化」について一節まるまる論じていますし、様々なところで繰り返し「教科書」についてが論じられています。

念のため、補足しておきますが、当然ながら「読むこと」が必要ない、コミュ力のほうが重要な時代なのだ、なんて浅はかな話ではない。

本書では以下の二点をきちんと説明している(P.169)。一つは「読むこと」に非常に減ったように見えるが、実授業数については大幅な減少は実はないということ。

過去のブログの記事でも書きましたが、今までは「話すこと・聞くこと」と「書くこと」の授業数が明示されていたが、そこの数の総数に大きな違いがない以上、実は「読むこと」もそれほど減ったのではないということをきちんと認識しておくべきである。

第二に、「読むこと」の指導ではないとしても、「話すこと・聞くこと」「書くこと」の指導において、わざわざ言語活動例に「読むこと」に関わることを挙げていることから分かるように、文章を読む時間が削られているわけではないということである。

このような指摘から考えるに、やはり「読むこと」偏重への牽制であって、「読むこと」軽視ではないだろう。

思うに、「教材」ありきに考えていくこと、「〇〇くらいやらないではダメだ」と能力ではなく、素材を先に考えることに対しては注意深くノーが突き付けられていると言えそうだ。

決して文学をやらなくていいということでも、定番教材がダメということではない。

実際、定番教材は先行研究が充実している分だけ、内容ベースでも能力ベースでも新しい素材を探してくるよりも質の高い展開を期待できる部分もある。しかし、定番教材そのものに価値があるという言い方は、「高校の国語科」ですべきではないと言えるだろう。教えることは内容ではない。

本書の見どころ

最後に、本書の見どころを紹介して終わりにしておこう。

1.新しい科目編成に対応した授業案がある

必履修科目である「現代の国語」と「言語文化」については、詳細な単元全体の指導案が載せられている。

日本国語教育学会の本ということもあり、やはり単元学習の正統な現代的な形のような授業案である。現行の学習指導要領よりもかなり踏み込んだ提案となっているので、かなりの授業観の違いを見て取れる。

2.大学入試についての分析がある

この手の本にしては珍しく、入試問題の解説や分析が詳細に述べられている。予備校の研究会でも散々、話題になっているので珍しくないように思えるかもしれないが、答申や学習指導要領と整合するように解説が書かれているので、原理で問題が見えてくる。だからこそ、中途半端なテクニックではなく、継続的かつ狙いが明確化された授業づくりへと反映させやすいはずである。

3.編集委員による座談会の記事

この座談会がかなり強烈です。割と今までの高校の国語の授業のダメなところに容赦なく踏み込んで議論しています。悲しいかな、文学国語にみなさんかなり好意的なのですが、ほとんどの学校が文学国語を選ばない可能性については触れつつも、その問題については踏み込みが甘いようには感じました。が、他の点についてはかなりばっさりと……。

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