ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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とりとめもなく雑用を

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生徒休業ということもあってとりとめもなく仕事をこなす。

中旬からの面談に向けて一つ一つ作業をこなしていますが、先が長いなぁ……。そもそも生徒から返事が来ないし、我々の仕事は他人に振り回されることである。

 

細かいところにたんまりと…

 

こうして生徒がこないことを良いことに、集中して仕事を片っ端から片付けていると気付くが、日々の忙しさに負けて放置されている仕事があまりにも多すぎる。

生徒から預かっている添削はまだ手をつけられていないが……それ以外にも学年の仕事や分掌の仕事など、教員としての裏方業務をこなしていたら、あっという間におはようからおやすみまで、である。

自分は決して仕事は遅い方ではないのだけど……それでも種類・種別の違う仕事を次々と抱えていると、総量の把握が上手くいっていないのだな……。

これでも、タスクの書き出しや週の仕事の成果のレビューをこまめに取り組んで、生産性を少しでも向上させようとあれこれと画策しているのだけど、それでこの状況か……。

自分の仕事が速くないのかと自己評価を変えるべきかのかとも思うが、こなした仕事をふり返ると……まあ、そこそこだと思うのだが……。

忙しいと言っていられない

 

とはいえ、忙しい、忙しいと言い続けていると、何も自分のやりたい仕事ができなくなってしまう。時間があるときだからこそ、本当は次の三年間なり六年間なりの指導を考えなければいけないと思っているし、それをやれないと自分の今持っている知識を再利用しているだけになってしまう。それでは、自分の中のエネルギーが枯渇してしまう、生徒から乖離していくのではないかと思うのである。

結局、国語科の逃れられない宿命として、どんな文章を読むのか、どんな素材と向き合うのか、そういうことによって、生徒の学習の質が大きく変わってしまう。変わってしまうのが痛感されるからこそ、自分が自分の時間を持てるときに、教育書以外にも様々なジャンルの文章を読まなければいけないと思っているし、自分自身がどこかへ出かけていって、本物の資料や体験を積まなければいけないと思う。

三年間分の蓄えをこの時期にしようというのはムシのいい話であるので、実際には毎日、毎日、やれることを積み重ねなければいけないと思っている。

でも、せめて、時間のあるときは、十分に蓄えを……。

 

自分の師匠からの教えで、大切にしていることがある。それは、どんなものでも10集めたら9は捨てなければいけないということだ。たまたま目の前にある、見つけてきたものをそのまま子どもに差し出すようなマネをしていてはいけない。十分に素材を集め、十分に吟味して、その上で、子ども達によりよい出会い方をさせたい……。

そんな当たり前のことすらなかなか難しい、毎日の忙しさは……やっぱり考えてしまうよなぁ……。

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