ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

どうしたらいいんですか?

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バレンタインのせいか、生徒がなんだか慌ただしい。友チョコを配るために、かなりの労力が取られているらしい。

男子はソワソワしている?そうでもないように澄まし顔しているのが、高校生男子だろうか。

やることをやっても

軽くカフェで昼食を取るようなノリで、生徒と一年間の振り返りの面談をしている。

悲喜交交あるし、厳しいことを言わなければいけないこともあって、内実としてカフェでのおしゃべりのようには、行かないことも多いのだけど。

この時期は、一年間努力してきたこともはっきりと成果に表れてしまうため、成績が振るわないとなると厳しい思いをすることになる。

一人一人の内面を手探りで確かめながら、少しずつ話していく。時々、鋭いナイフでグサリとやることも……それも、必要な進級の時期である。

努力しないでけっかがでないならまだしも、それなりに努力したのにもかかわらず、結果が出ないと本人も見守る方も辛いものがある。

そういうわけで、本日のタイトルのような発言が出てくるのである。

「こんなに頑張っているのに、どうしたらいいんですか?これ以上!」

誠に受け止める側の大人も辛いが、当人はより一層だろう。

受け止め方は色々

辛さはわかるが、辛さを共感しているだけでは、「教える」ということにならないのも難しいところだ。

教える側に求められているのは、共感的な理解も当然だが、それ以上になんとかしたい現実に対する処方箋である。

難しいことに、特効薬はない。特に勉強の成績ともなると、目の前の努力だけではなく、これまでの積み重ねも関わってきてしまうのだから。

安易に「これだけやれば大丈夫」とも言いにくい。もちろん、「これで大丈夫」と言うべき時もある。だが、麻薬のように不安を紛らわせるために「これで大丈夫」とは言えない。

せめて、苦しい生徒に伝えられることは、安易な「大丈夫」ではなく、現実の見方を変えることなのだろう。

いうなれば、現実の語り方を変える、ナラティブなんて言い出すと大仰すぎるけど。

 

物語としてのケア―ナラティヴ・アプローチの世界へ (シリーズ ケアをひらく)

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今できないことをどう受け止めるか。

つい、生徒たちは目の前の現実だけに深く傷つきやすい。

しかし、今の努力はどこにあるのかを目を向けると、まだ、自分の失敗や後悔を取り返すだけと機会は残されているはずなのである。

そういう少し俯瞰する視点を教えることで、生徒自身が自分の荷物を降ろせればよいと思うのだが……。

最後は生徒たちが、自分の荷物の重さを自分で引き受けていくのだろうと、心配しながら見守るのである。

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