日本国語教育学会の『国語教育研究』No.578、つまりは今月号は「考えの形成・深化を図る「書くこと」の指導」という特集で、個人的には「質問づくり(QFT)」の優れた実践などもあって、見所の多い楽しい号でした。
そんな楽しい今月号なのですが、引っかかることが一点。
桑原隆先生の巻頭言「ペンはキーボードよりも強し」である。
キーボードとペン
巻頭言なので、学術的な正確さと言うよりも、特集のテーマに関連したコラムくらいの読み方がされればよい部分であるので、あまりごちゃごちゃ言っても仕方ないし、文章の量も限られているので、どういう意図なのかを読み取ることも難しいため、そこから逐一、批判めいたことを書いても仕方ない。
ただ、気になることをメモとして書いておこう。
巻頭言の内容としては、どこまで書いてよいものか判断が難しい。いかんせん、文章の長さが短いので、引用して説明しようとすると大部分を書くことになってしまうので、ちょっとそれも憚れる。でも、正確に意図を汲んで書かないのも憚られる……ということで、簡単に箇条書きで要点を示すので、内容自体は日国に入会して手に入れるか、大学図書館へGo!
巻頭言の要点
- 講義ノートを取る際、ペン(手書き)とキーボード(パソコン)での有効性を比較実験した論文について紹介
- その論文は、手書きに比べてパソコンの方が語数が増えるが、講義内容から推理や関連づけしたりする認知は手書きの方が優秀という結果であり、巻頭言では、「パソコンによるノート取りは、認知という働きにおいて、手書きに劣り、学習を阻害さえしていると実験者たちは指摘している」(「」内は巻頭言よりそのまま引用)と紹介される
- 「日本においてICTの充実が喫緊の大きな課題となっているが、パソコン等の活用に際しては、この実験結果にも耳を傾けておく必要があろう」(そのまま引用)とまとめている。
ちなみに紹介されている論文は、Pam A. Mueller, Daniel M. Oppenheimer「The Pen Is Mightier Than the Keyboard: Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking」である。
(巻頭言のタイトルはこの論文の邦訳)
アブストラクトを読むと、だいたいの内容が紹介されている通りだとは分かる。ややニュアンスの違いを感じないこともあるけど、まあ、言っても詮方がない。
ペンの代替だけではない
上の論文の内容としては、パソコン等の活用の方法としては、講義のノートを取るということに限定した内容である。まずはその点は注意しておこう。
だから、決してICT全般が手書きに劣っているというようなニュアンスの物ではないし、巻頭言にしても、ICTをダメだと無碍に扱っているわけではない(と好意的に見るならば)言える。
ただ、「この実験結果にも耳を傾けておく必要があろう」と言われてしまうと、基本的にはICTに及び腰な人が多い現状を考えると、「ほら、手書きが大切だ!」ということにやりやすいし、それに対して「いやいや、でもICTも大切だよ!」と言ったような反論になってしまうと、手書きとICTが二者択一のような対立になってしまう。まあ、問いのマジックですよね。
元論文の邦訳とはいえ、「ペンはキーボードよりも強し」という言葉も、センセーショナルであり、こうなるとはっきりと「手書きがパソコンよりも優れている」と主張しているのに近いだろう。
やっぱりなんだかんだいっても、国語科は手書きが大切。そんな価値観が、多くの国語科の先生に共感を得そうだと思うのである。
いや、自分は手書きが嫌いだから苦い顔しているわけですが、そういう好みの問題を脇に置いて、もう少し、「手書きとパソコン」の関係を書いておこう。
今回の巻頭言も、元の論文にしても、ICTの使い方としては、「ペンの代わりにパソコン」という発想である。これは、ICTの活用の段階の説明でよく用いられるSAMRモデルからすれば、Sの段階の話である。詳しくは豊福先生のデジタルシフトとSAMRモデル | gakko.siteなど参照。
Sから始まり、A、M、Rと続いていくわけであるが、Sの段階でパソコン等は手書きに劣るので、ICT全体に課題がある……というのは暴論だろう。「ペンはキーボードよりも強し」というタイトルが強すぎると思う理由がここにある。Sの段階だけの議論で、その先に実現できていることは捨象されている。
もちろん、巻頭言のどこをどう読んでも、ICTの豊かな可能性を否定するようなことは一切書いていないのだが、まあ…センセーショナルですよね。特に、ICT嫌いの人の方が多い現状においては、こう書かれてしまうと……せっかくやっていることに待ったをかけられるようなまどろこしさは感じてしまうところだ。
コロナでどう変わるか
きっと時期的にはコロナ休校よりも前に書かれた原稿なのだろうと思う。
と、いうのも、このコロナ休校を通じて、ICTの活用についてもだいぶ変わってきたという状況があるからである。
単純なコミュニケーションのツールとしての重要性も高くなっているし、そもそも課題がオンラインベースでのやりとりにも一部が移行した面もある。生徒に直接授業できるわけではないので、課題もICTで書くことが増えたし、単純な作文以外の課題提出の方法についても色々と考えられてきている。
要するにAやSのレベルの活用が増えていると言える。それだけに、Sの段階の優劣だけでは、善し悪しを議論できるような段階にはないとは感じる。
ただ、一方で、生徒が戻ってくると、またICTはSの段階で議論されるような気配もあり……「手書きさせないと遊ばせているようだからダメ」というような意見もちらほらと聞く。
キーボードはペンの代わりだけじゃないんですよ!パソコン等があることで、出来るようになったことを活かしましょうよ。
そりゃあ……入試問題を解くためだけを目的にした授業だったら要らないだろうけど、学校の役割はそれでよいか…?ということも含めて、考えておきたいことである。