ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

【スポンサーリンク】

本気になるのかな

f:id:s_locarno:20201010115730p:plain

こんな記事を見た。

www.kyoiku-press.com

厳しい現実

こういう通知が一年前に出されている。

www.mext.go.jp

今年はコロナでオンライン授業をやらざる得ないところにまで追い込まれたので、不登校児童生徒への支援としてのオンライン授業やオンライン支援についても増えてくるものかと思っていたが……やはりそう現実は簡単には動かないようである。

もちろん、オンライン配信するだけの設備がないこともあって、学校の授業をどこでも受けられるように……ということは、なかなか厳しいところもあるが、別に学校の授業をオンラインでやることを求められているのではない。

民間事業者の提供する教材でも構わないとなっているのだから、もっと柔軟に対応できることはあるのではないか。

記事によると「校長や教員が制度を知らない」ということのために、認められないという事例もあるようであるが……知らないで済まされていい話だろうか。

授業を受ける権利とは

不登校に限らず、出席停止の生徒の授業を受ける権利もどう考えれば良いだろうか。特に今年はコロナのこともあって、少し体調が悪いようだと無理せずに自宅で休むような方針になっている。本人が学校に来たくても、感染予防の観点からすれば仕方ないのだが、その時に「オンラインでやってくれ」というニーズに、オンラインでなくても事後のフォローを、ちゃんと応えている学校はどのくらいあるだろうか。

たぶん、生徒の自己の努力に任されているんだろうと思う。教材くらいは渡すかもしれないけど。

コロナに限らず、様々なことで学校に行けないタイミングというのは発生するときに、それに対して学校は冷たいよなぁと客観的に見ると感じる。

もちろん、いなかった時についてのフォローを100%しろと言われても、物理的に忙しすぎて不可能なのだが、ただ、もう少しだけ負担もかかりすぎずにフォローできる方法はないものかと思うのである。

企業の提供する教材をコーディネートして提示する…くらいであれば、できないこともないだろう。

ただ、そういう線引きを、制度設計をすることが、授業や支援を個別に考えるよりも相当に面倒なのも事実である。結果的に、制度を考えるための議論の時間を本気で取ろうとすることが後回しになりやすいのだろうな。

「学校来るのが当たり前なんだから、それが出来ないなら別のところへ」という前提が口に出されなくても固い気がするよ。

 

どのような教育が「よい」教育か (講談社選書メチエ)

どのような教育が「よい」教育か (講談社選書メチエ)

  • 作者:苫野 一徳
  • 発売日: 2011/08/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

Copyright © 2020 ならずものになろう All rights reserved.