ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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つながりをつくるために

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秋風とともに、不安の風に吹かれる時期である。方向性のブレないでまっすぐ歩み続けられる生徒はそうは多くない。

内に抱え込む

思い通りに行かないと、だんだんとその原因を内に抱え込みやすいものである。そして、色々な理由をつけて自分の最初に掲げた目標から、別の方向へと走り出してしまうのである。

高2のこの時期になると、自分の掲げた目標に対して頑張りきれない自分というものに嫌になるほど直面させられるのである。その成果の出ないストレスに直面するのを避けるために、色々な理由を出してくるのがこの時期である。

まあ、冷静に話を聞くほどに、突拍子もないことを言い出す。しかも、本人は突拍子もないことを言っていることに気づかないのである。まったく冷静さを欠いているといってよい。

そういう時期なのだ、本人たちなりに苦労をしてしんどいのだろう。

良好だったはずの家庭での関係も崩れやすいのも、この時期である。色々とバランスが崩れるのである。

話を聞いて考える

突拍子もない話を放置して、生徒の思ったとおりにさせない方がいいこともある。特に勉強の仕方や受験の方針などは、ある程度の統計と定石で動いた方がいいものもあるし、ダメだものはダメだと軌道修正する必要がある場合もある。

まあ…予備校じゃないんだからそこまで介入しなくてもという気もするが、中途半端な立ち位置の私立は受験指導も「商品」ではあるので、ちゃんと生徒と話さなければいけないし、指導を入れることが期待されている部分もある。

自分としても、好きにやらせて後から身動き取れないで本人が後悔するのもどうかなと思うので、割とシビアには介入する。

一面には本人の甘えがあり、一面には本当にしんどいという気持ちもあり、微妙なバランスであるところだが、どう関わるかは、パターン化は出来ず、日々の関係の中で決まってくるのだろう。

個人的には、受け止めつつも流されないということを考えるときに、以下の本はとても参考になっています。

本当、担任の仕事は色々なことが求められるなと思うのである。

教科で週に数回関わるのと、生活が見えてしまう担任では関わり方がかなり変わってしまう。そして、見えてしまう以上、放置できないものも数多くあり……そして、担任にしか出来ないこともある。

誰でもよい、とはならないのが、人間を相手に、日々、生活を共にしていくということなのだろう。

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