たまたま、ウィキペディアを見ていたら英語版に "Examination hell" という項目が存在することを知った。
日本の受験システムが、海外からどう見られているのか。
Wikipediaによれば、この言葉が生まれたのは1970年代初頭とのこと。
明治維新後の試験制度に起源を持つものの、「地獄」という表現が定着したのは比較的最近だ。1990年には大学入試の失敗率が44.5%でピークを迎えたという。つまり、半数近くが第一志望に入れなかった時代。今の生徒たちには想像しにくい数字かもしれない。
興味深いのは、2022年には失敗率が1.7%まで低下しているというデータだ。ある記事では「受験地獄はもう遠い過去」という表現まで使われている。数字だけ見れば、確かに状況は大きく変わった。
言葉のイメージと実態のズレ
しかし、現場にいる実感として言えば、生徒たちが感じるプレッシャーは決して小さくない。競争率が下がったからといって、不安や緊張が消えるわけではない。
むしろ、「全入時代」と言われる中で、「それでも入れないかもしれない」という焦燥感を抱える生徒もいる。
数字上の「地獄」は緩和されたかもしれないが、教育の質や生徒の精神的負担については、別の議論が必要だろう。
海外から見た「日本の受験」
英語版Wikipediaに項目があるということは、日本の受験システムが国際的な関心事だということだ。"Examination hell" という直訳的な表現は、外国人にとってインパクトがあるのだろう。
ただし注意したいのは、この項目の記述が主に1970年代から1990年代の状況に基づいている点だ。2020年代の日本の受験事情は、当時とはかなり異なる。にもかかわらず、「受験地獄」というイメージが先行して国際的に流通している可能性がある。
これは、日本についての古い情報が更新されないまま定着してしまう、一種の情報の固定化とも言える。Wikipediaのような信頼されがちなプラットフォームでさえ、情報の更新速度と現実の変化速度にはズレがある。
こういう情報を見ると、生徒たちには「情報は常にアップデートが必要」「特定の時代の記述が現在も当てはまるとは限らない」という批判的な視点を持ってほしい。同時に、自分たちの社会がどう見られているかを知ることも、グローバルな視点を育てる上で意味がある。
「地獄」という言葉の重み
共通テストを終えた生徒たちに、「お疲れさま」と声をかける。彼らが経験したのは「地獄」だったのか。おそらく、そう単純には言えない。確かに大変だったろうし、プレッシャーもあっただろう。
でも、それを「地獄」という一言で片付けてしまうのは、彼らの経験を矮小化することにならないか。





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