こんな記事を見た。
こども家庭庁が「青少年インターネット環境整備法」の見直しを検討するワーキンググループの初会合を開いたという。改正から8年ぶりだとか。
GIGAスクール構想という転換点
8年という時間は、子どもとインターネットの関係において決定的に長い。
2016年の改正時点では、スマートフォンはすでに普及していたものの、学校教育における端末配布は限定的だった。しかし、その後のGIGAスクール構想とコロナ禍によって、ほぼ全ての子どもが学校から端末を持つ時代が到来した。
つまり、「子どもがインターネットを使うこともある」という前提から、「子どもは必然的にインターネットを使う」前提での法整備へとパラダイムが変わったと言えそうだ。
この転換は単なる量的変化ではない。
端末が学びの道具として位置づけられたことで、インターネット利用は「制限すべきもの」から「適切に活用すべきもの」へと質的に変化している(…と思いたい)。
「制限」から「市民性育成」へ
「青少年インターネット環境整備法」という名称自体が、やや保護主義的なニュアンスが漂っている。
もちろん、安全対策は必要だ。今のデジタル空間があまりに無法地帯な部分があるのは事実だから。
しかし現場にいる自分としては、それだけでは不十分だと実感している。
デジタル・シティズンシップ教育の文脈で言えば、子どもたちは単なる「保護されるべき存在」ではなく、「権利と責任を持つデジタル社会の参加者」でもある。
情報の真偽を見極める力、他者と適切にコミュニケーションする力、自分のデータを管理する力…こうした能力を育むことも、法整備の方向性として欲しいなあと思うところもある。
実際、現場で起きているのは「フィルタリング vs アクセス」という単純な対立ではない。
例えば、探究学習で調べ物をしようとしたらアクセスできないサイトがあった、AIツールを使いたいけど学校のネットワークではブロックされている、YouTubeで教材動画を見ようとしたら見られない…といった場面に日常的に遭遇する。
一方で、プライベートの端末でのSNSでのトラブルや不適切な情報へのアクセスといった問題も後を絶たない。
子どもたち自身が判断する力を育てることに難しさと必要性を感じるところだ。
また、保護者や地域との連携も重要になるのだけど、これが難しい。家庭でのネット利用についてのルール作りや、地域でのリテラシー教育の推進など、学校だけでは完結しない取り組みが求められるけど、その連携の窓口がないんだよな…と思う。
8年を無駄にしないために
この8年間を振り返っても、現場の教員は試行錯誤しながら、GIGAスクール端末を活用した授業実践を積み重ねてきたと思う。渋々であっても。
デジタル・シティズンシップの概念も少しずつ広がりを見せている。こうした現場の様子も何か法律に反映されてきたらいいなどと思う。






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