ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

学校が「稼ぐ」ことの可能性と限界

こんな記事を見た。

prtimes.jp

学校発のクラウドファンディング

戸田市教育委員会が展開している「未来の学び応援プロジェクト」が興味深い。

ふるさと納税を活用したクラウドファンディングで、学校から提案されたプロジェクトを実現するための資金を募るというものである。

2022年度から始まり、すでに第4弾まで実施されている。

各学校が「やってみたい」という提案を出し、メタバース美術館の構築、プロジェクトアドベンチャーによる学級づくり、インクルーシブ教育の推進など、多様なプロジェクトが採用されてきという。

目標金額500万円を達成した年度もあり、寄附を「戸田市未来の学び応援基金」として積み立て、年度を超えて機動的に運用できる仕組みも整えている。

どちらかといえば、自分はこの取り組みに好意的にみたいなと思っている。

学校や子どもたちの「やりたい」が形になる回路があること自体は悪くない。教育委員会が旗を振り、学校から提案を募り、それを外部の支援で実現するというやり方は、従来の予算配分の枠組みでは拾いきれないニーズに応えうる気はする。

「稼げる学校」の条件

ただ、この取り組みが成功している背景には、戸田市の地理的・社会的条件があることを忘れてはならない。

戸田市は埼玉県南部、荒川を挟んで東京都と隣接する人口約14万人の都市である。

首都圏のベッドタウンとして発展し、若いファミリー層が多く住む。

教育への関心が高い層が集まりやすく、戸ヶ﨑勤教育長のもとで先進的な教育改革が進められてきたことも広く知られている。

つまり、クラウドファンディングが成立する土壌がある。

ふるさと納税の仕組みを理解している保護者層、SNSで情報発信すれば反応してくれるネットワーク、教育改革に共感して外部から寄附してくれる関係者。

これらがあって初めて、学校が「稼ぐ」ことが可能になる。

自分がこの話を聞いたとき、頭に浮かんだのは「地方の学校はどうしたものか…」ということだった。

地方の学校が「稼げない」としても

過疎化が進む地域の小規模校を想像してみる。

地域にはSNSで発信しても届く相手がいない。そもそも提案を練り上げる教員の人的余裕すら怪しい。こうした学校がクラウドファンディングで数百万円を集められるだろうか。

難しいだろう。そしてそれは、その学校や地域の「努力不足」ではない。

自分が恐れるのは、「戸田市ではできている、やる気のある学校は自分で稼いでいる」という言説が広がり、それが「稼げない学校は努力が足りない」という自己責任論に転化することだ。

今の政治の様子を見ていると、そういうことを言いそうだし、実際、大学にはそうやってやってきたんだからね…。

根本的な問題――公教育への投資の少なさ

戸田市の取り組みを批判したいわけではない。

与えられた条件の中で、子どもたちの学びを充実させようとする努力は尊重されるべきだ。

しかし、学校が自力で資金を調達しなければ「やりたいこと」ができないという状況自体が、本来おかしい。

OECDによれば(図表でみる教育2025*1、日本の初等教育から高等教育までの教育投資は対GDP比3.9%で、OECD平均の4.7%を下回っている。一般政府総支出に占める教育費の割合も約8%と、OECD加盟国の中で下から4番目という低さである。

教育に関わるお金の議論としては以下の記事が参考になる。

www.kyobun.co.jp

要するに、日本という国は教育にお金を出し渋っているという傾向があるということだ。

その結果、学校現場は慢性的なリソース不足に陥り、「やりたいことがあっても実現が難しい」状態が常態化している。戸田市のクラウドファンディングは、そうした構造的問題を民間資金で補おうとする試みともいえる。

学校が稼ぐことと、社会が教育に投資すること

繰り返しになるが、戸田市の取り組み自体は評価できる。

ただし、それが「全国のモデル」になるかというと、留保が必要だろう。

首都圏のベッドタウンだからこそ成り立つ部分があり、同じことを全国に求めるのは酷である。稼げる学校と稼げない学校の格差を固定化しかねない危険もある。

根本的には、社会全体がもっと教育にお金を出すべきなのだと思う。そうでなければ、教育の機会均等という理念が危うい。

「なぜ学校がそこまでしなければならないのか」という問いも忘れずにいたい。学校が稼ぐことの可能性を探ることと、社会に教育への投資を求めることは、矛盾するものではないのだから。

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