疲れているとき、人は往々にして「もっと頑張れたはずだ」という謎の自責に入る。自分もご多分に漏れず、そういう傾向がある。でも最近、それを少し疑うようにしている。
限界というのは、「能力の天井」ではなく「今の自分が持っているリソースの底」なのだと思うのである。
教育の仕事は、「授業をする」という表舞台だけでなく、その裏側に膨大な段取りと調整の仕事が積み上がっている。それが見えにくい分、周囲にも自分にも「なぜこんなに疲れているのか」が分かりにくくなる。
限界まで来て気づくことは、普通の状態では気づけないことが多い。
何が本当に大事で、何が「なんとなくやっている」なのか。疲労のフィルターを通すと、意外とそれが見えてくることがあるのである。
今はまだ、その整理をする気力もないけれど。
疲れたので…AIに代筆してもらいました。





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