
東洋経済education×ICTに、北海道鹿追町の町立2中学校がIBのMYP(ミドルイヤーズ・プログラム)認定を取得したという記事が掲載されていた。
自治体内のすべての公立中学校がMYP認定校になるのは全国初とのことである。
応援したい気持ちが先にある
まず最初に言っておきたいのは、自分はこの取り組みを批判したいわけではない、ということだ。
鹿追町は人口約5,000人。ピーク時の半分以下にまで減少しており、18歳未満の人口も年々減り続けている。
こうした地域が教育に本気で投資して生き残りをかけるという姿勢には、素直に敬意を覚える。
記事を読むと、IBコーディネーターのシンボ・グレン氏をはじめ、現場の教員たちが「IBって何?」という状態から学び始めて認定まで漕ぎ着けたことがわかる。
MYPのやり方についていけず転任していった教員もいたという記述もあり、その道のりは決して平坦ではなかったのだろう。だからこそ、応援したいのである。
ただ、応援したいからこそ、うっすらと感じる懸念がある。
人・物・金の現実
IBの導入・維持には相当なリソースが必要になる。英語でのIB機構とのやり取り、コーディネーターの配置、教員研修、認定維持にかかる費用…。
記事ではシンボ氏が英語ネイティブであることがIB機構との折衝で大きな役割を果たしたと書かれているが、こうした人材を継続的に確保できるかは別の話だ。
人口5,000人規模の自治体がこのコストを長期的に担い続けるのは、簡単なことではないだろうと思う。
自分が最も気になるのはここである。
IBのMYPは、日本の学校教育にそのままポンと載せられるようなものではない。教員自身が探究的に学び、授業を設計し直さなければならない。
これは理念としては素晴らしいのだが、現実の教育現場の負荷を考えると、相当なハードルである。
実際に転任した教員がいたことが、その難しさを物語っている。教員の働き方がこれだけ問題になっている中で、この学び直しの負荷をどう支えるかが持続可能性のカギになるだろう。
また、記事がほとんど触れていない、しかし非常に重要な論点がある。出口の問題だ。
MYPはあくまで中等教育段階(11〜16歳)のプログラムである。大学進学の観点からIBの恩恵を受けるためには、DP(ディプロマ・プログラム)まで取得する必要がある。
MYPで学んだ子どもたちが中学校を卒業したあと、その力をどこでどう伸ばしていくのか。DPを提供する高校への接続をどう確保するのか。
この「出口をどうするか」という話は、MYP単体の導入以上に難しい問題だと思う。
探究のためだけなら、費用対効果は…
記事の書き方は「MYPで探究学習を効果的に行える」という切り口が中心だった。シンボ氏の発言も「授業改善が大きな目的」「MYPで探究学習の導入が効率的に行える」という趣旨が多い。
ただ、正直に言えば、「探究のためにMYPを使う」というだけなら、やらなければいけないことやかかる費用を考えると、費用対効果は良いとは言いにくい気がしている。
探究的な学びの充実だけが目的なら、IB機構に高い費用を払わなくても実現する方法はある。
しかし、おそらく鹿追町の本当のねらいはそこだけではないのだろう。
町の公式発表には「子どもたちが自らの人生を主体的に舵取りし、将来にわたって学び続けていける力を育む」という言葉がある。
わざわざ高いお金を払ってまでMYPに投資しようとしているのは、子どもの成長や一生のライフスパンを見据えてのチャレンジなのだと思う。
小さな地域だからこそ
子どもの数が激減している地域だからこそ、一人ひとりに時間をかけて向き合える可能性がある。
生徒数114人と45人という規模は、MYPの理念を実践するには、むしろ恵まれた環境かもしれない。
人と時間をかけて向き合えるのであれば、この試みにはチャンスがあるかもしれない。
今後、どのようになっていくのか注視していきたいと思うのである。




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