
海外の教育系求人サイトで、日本の高校生の生成AI利用に関する記事が出ていた。こども家庭庁が2月に公表した調査結果をもとにした記事で、高校生の46.2%、中学生の30.8%、10歳以上の小学生の8.6%が生成AIを利用しているという、あの数字である。
国内ではすでに報じられた話であり、取り立てて目新しい情報があるわけではない。
ただ、これまでの日本における生成AI活用の議論がある程度まとまった形で英語圏に紹介されているという点で、ちょっと面白い。翻訳機能を使いながらざっと眺めてもらえると、ここ最近の経緯を概観できるだろう。
「半数」は多いのか少ないのか
正直に言えば、自分の周囲の環境からすると46%という数字はやや少なく感じる。
カンコー学生服の調査では、中高生の約8割が「頻繁に」または「時々」生成AIを利用しているという結果も出ている。調査対象や質問の仕方で数字はかなり変わるのだろうが、体感としては「半数」というのは控えめな印象だ。
もっとも、こちらは「インターネットを利用している高校生のうち」という母集団の取り方であったり、調査時期の問題もある。数字の大小に一喜一憂するよりも、この数字が今後どう動いていくかの方が重要だろう。
「外からの目」で見ることの意味
自分がこの記事を取り上げたいと思ったのは、日本の生成AI教育の議論が海外からどう見えているのか、という視点が気になったからである。
国内にいると、文科省のガイドラインがどうだとか、パイロット校の事例がどうだとか、議論の渦中にいるだけにかえって全体像が見えにくくなることがある。
英語圏の記事として改めて整理されたものを読むと、議論の輪郭がくっきり見えるところがある。
何が注目され、何が語られていないのか。そういう「外からの目」を通して自国の状況を相対化する作業は、時折やっておいて損はないだろうと思う。
活用が「前提」になったとき
文科省自体が旗を振って小中学校での生成AI活用を進めている以上、パイロット校の事例が共有されていけば、生成AIが当たり前に使われる状況は十分に起こり得る。
生成AIの活用が前提となったとき、どのような授業スタイルが必要になるのかという問いは、今後ますます重要になるはずだ。
今後の方向性としては、大きく二つが考えられる。
一つは、AIを使うことを前提にして成果物のクオリティを高めていく方向。もう一つは、あえてAIの使用を制限することで、人間自身の能力を鍛えていく方向である。
この二つは対立するものではなく、場面や目的に応じて使い分けられるべきものだろう。
国語科で言えば、AIと協働して質の高い文章を仕上げる活動と、AIなしで自分の言葉を絞り出す活動と、両方が必要になる。その比重がどうなっていくかは、まだ分からない。
ただ、どちらか一方だけでは足りないだろうということは、現場にいて強く感じるのである。
いずれにせよ、46%という数字は通過点に過ぎない。
この数字が7割、8割になっていったとき、教室で何が起きるのか。そのことを考えておくのが、今の自分たちの仕事なのだろうと思う。




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