
武蔵野大学が3月29日に高大連携シンポジウム「生成AI時代の教育を考える~AIは教育をどう変え、人間をどう幸せにするのか~」をオンラインで開催するという。
副題の「人間をどう幸せにするのか」というフレーズが目を引いた。
「使い方」の先にあるもの
生成AIの教育活用というと、どうしてもプロンプトの書き方やツールの使い方といった「How」の話に終始しがちである。もちろん、それ自体が悪いわけではない。現場の教員にとって「明日から使える具体的な方法」は切実なニーズだし、自分もそうした実践の話はしてきた。
しかし、「使えるようになった、それで?」という問いが常に残る。生成AIを日常的に使うことが当たり前になったとき、子どもたちの学びと生活はどう変わるのか。その変化は、彼らを幸福にしているのか。この問いを飛ばしたまま活用だけが進むことには、やはり危うさを感じるのである。
今回の武蔵野大学のシンポジウムでは、AI教育の実践紹介に加えて、ウェルビーイング学部長の前野隆司氏が登壇し、「生成AI時代のウェルビーイング」をテーマにしたトークセッションが予定されている。
大学にウェルビーイング学部があるという強みを活かした企画だろう。こうした「使い方」の先にある議論が、もっと教育現場でも必要だと思う。
OECDも指摘するウェルビーイングの重要性
この問題意識は、国際的にも共有されている。OECD and Education International(2023)の「Opportunities, Guidelines and Guardrails on the Effective and Equitable Use of AI in Education」では、AI活用技術を開発・利用する際に、学習者と教師のウェルビーイングおよびメンタルヘルスを優先事項とすることが明確に推奨されている。
同文書では、デジタル技術が教育を改善する可能性を持つ一方で、過度な使用や非倫理的なコンテンツの拡散が学習者と教師のウェルビーイングにリスクをもたらすことも指摘されている。
デジタルとノンデジタルの活動のバランスを維持すること、テクノロジーの過剰使用を制限することの重要性が強調されているのだ。
つまり、「AIをどう使うか」だけでなく、「AIを使うことで人間の幸福がどう担保されるか」という視点が、国際的なガイドラインのレベルですでに組み込まれているということだ。
落ち着いて考える
生成AIの技術的な進歩が速すぎて、「何ができるか」を追いかけるだけで精一杯になりがちである。でも、教育に携わる者として、「それで子どもたちは幸せになっているのか」を落ち着いて考えなければと思う。
武蔵野大学のシンポジウムのような試みが、もっと広がっていくことを期待したい。
使い方の議論は大事だが、その先に「使った結果として何を大切にするのか」という問いを置いておくことが、これからの教育AI活用には不可欠なのだと思うのである。
戦争にAIが使われる現実を目の間にした世界を我々は生きている。




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