
3月5日に文部科学省が公表した「教師不足」に関する実態調査の結果が話題になっている(少し前のニュースだが、年度末の今だからこそ)。
相変わらず、現場に人は足りていない。
4年で倍増
上記の記事で紹介されている内容は以下の通り。
2025年度の調査によれば、全国の公立学校における教師の不足人数は3827人。2021年度の2065人から、わずか4年で約2倍に膨れ上がった。校種別に見ると、小学校1699人、中学校1031人、高校508人、特別支援学校589人。特に特別支援学校の不足率0.71%は他の校種を大きく上回っている。
自治体間の格差も大きい。
東京都や一部の政令指定都市では不足ゼロのところもある一方、地方の一部自治体が全体の数字を押し上げている。教頭や校長が授業を持ったり、少人数指導の教員を担任に充てたりして、なんとか現場を回している…という話も報告されている。
自分の周囲でもよく聞く話だ。
教員同士が集まると「よい人はいないか?」ということが挨拶代わりに話すようなことになっているような気がしないでもない。
世の中全体で人が足りていない以上、人材はお金や働きやすさがある方へと流れていく。
それが資本主義社会というものだし、そのルールの中にいる以上は、どうにもならない。
教員の仕事にやりがいがあること自体は、現場にいる身として実感がある。
だが、その「やりがい」を盾にして、金銭面や制度面での手当を怠る状態がずっと続いてきた。
それどころか、この20年間、教員にとって有利になるような動きがあるたびに、徹底的に揚げ足を取り続けてきたわけである。
今の教員不足は、その当然の結果だろう。
減点のゲーム
お金の問題だけではない部分もあるとは思う。
ただ、いろいろな面で監視されているような息苦しさがあり、何かあればすぐに叩かれる。この状況で働くことに誇りを持てと言われても、それは難しい。
まあ、教員や学校側のやらかしも大きいのだけど、色々なものが雁字搦めになっている。
教育現場は、加点のゲームというよりも、結局のところ減点のゲームになってしまっている。1回でもミスがあると、もう二度と元の位置に戻れないようなプレッシャーを感じながら仕事をすることになっている感じがある。
本当は、今の教育現場は、生成AIやICTの活用、新しい教育や探究のあり方など、今まさに「次の教育」を考えていこうという局面にある。だから、クリエイティビティあふれる仕事のはずなのである。
なのに、そのクリエイティビティを発揮しようとすることでリスクを抱え込み、失敗したら周囲から叩かれて二度と立ち上がれない…という空気が漂っている。
これはさすがにチャレンジは難しいと思う。
チャレンジに報いる仕組みがほしい
子どもたちの人生がかかっている以上、実験的なことを安易にやるべきではない、というのはその通りだと思う。それでも、新しいことに挑戦することに対して、制度としてモチベーションが上がるような支援はあっていいように思う。
チャレンジやクリエイティビティの発揮は、本来やりがいにつながるはずで、それによって教員の立場も高まっていくのではないかと思う。
「余計なことをしない方が安全」という空気が支配的なままでは、これ以上志望者が増えていくことは厳しいのではないだろうか。
3827人という数字を前にして、退職教員の活用という話も大事ではある。
でも、それはあくまで目の前の穴を埋める話であって、この仕事に新しく就きたいと思う人を増やす話ではない。
教壇に立つことにチャレンジする価値があると思えるような環境を、制度の面からも整えていって欲しいなと思う。




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