
コニカミノルタの「tomoLinks」が、生成AIを組み込んだ教育ダッシュボードを開発したというニュースが出ていた。
出欠や成績だけでなく、心の状態や学習の振り返りといった主観的なデータも統合して、AIが「気づきカード」として教員に提示するそうだ。
教育データをダッシュボードで可視化するという試み自体は、もう何年も前から色々と研究されている。
IR(インスティテューショナル・リサーチ)的な取り組みは大学を中心にかなり蓄積があるし、初等中等教育にもその波が来ている。
データで見て、データで考える。その方向性が大事だ。
ただなぁ…「見える」ようになるということは、見ないでいたかったことまで見えてしまうということでもあるのだ。
たとえば、ある子の出席や提出物のデータがずらっと並んだとき、ベテランの先生なら「まあ、あの子は今そういう時期だから」と文脈込みでやり過ごせたかもしれない。
でもAIが「注意が必要です」とカードを出してきたら、もう見なかったことにはできなくなるかもしれない。見えてしまった以上、対応しなかったということにも責任が発生する。
データが見えるということは、教員の判断を助けてくれると同時に、判断を迫ってくるということでもある。
そのしんどさも込みで引き受けられるかどうか。そこが問われてくるのだろうと思う。




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