
リシードの記事を読んだ。
ネットを眺めていると、デジタル教科書の話題でかなり盛り上がっている。否定的な意見が目立つ。ただ、議論の中身を追っていくと、デジタル教科書そのもののイメージを正確に持てている人がそんなに多くないんじゃないか、という気がしてくる。だからどうも空中戦になる。
自分自身、よく分かっていない
正直に書くけれど、自分もデジタル教科書がどういうものか、正確に理解できているかと言われると、まったく自信がない。
ただのPDFを配るのとも違うし、紙の教科書にQRコードがついて動画が流れる、みたいなものとも違う。実物を触ってみないと、どうにもイメージしづらいのである。
ルールの話も把握しなきゃいけない要素が多すぎて全部追えていない。
なかでも義務教育で大きいのは、教科書がそもそも無償配布されているという一点だろうと思う。デジタル教科書も正式な教科書として認められるなら、それも当然無償ということになる。このあたりも過剰な反応を引き起こす原因なんだろうなと思う。
「紙が読める子」だけを前提にしていないか
教科書をめぐる議論で暗黙の前提になりがちなのが、紙の本を普通に読める子だけを想定してしまうことである。
デジタル教科書の文脈には、ユニバーサルデザインの話、つまり特別支援教育の文脈で、紙で読み書きするのが難しい子も含めたインクルーシブな学びをどう実現するか、という論点もあるはずなのだ。
学力低下の話ばかりが盛り上がっているけれど、本来はこっちも同じくらい丁寧に扱うべきところだろうと思う。学力低下に関しては、ネットで言われているほど心配しなくていいんじゃないか、というのが個人的な感触である。
ただ、教室のなかで紙とデジタルをハイブリッドで選べるとなると、授業をする側はなかなか大変なのではないか…という気もしている。同じ教室のなかに違う媒体で勉強する子が混ざってくるわけで、これは授業のあり方そのものを考え直すことにもなるだろうな、と思う。
しかも、紙にするかデジタルにするかハイブリッドにするかを選ぶのは公立だと教育委員会になるようである。
学びの主語であるはずの子ども本人には選択権がない、という構造になっている。これでいいのか、というのは引っかかるところだ。
現場の感覚としては、ハイブリッドで入ってくるケースが増えるんじゃないかなと思う。そうすると、両方あるということ自体が、たぶん混乱のもとになっていくのだろうな、という気もする。
4月の現場にこれを上乗せできるのか
ただでさえ4月は何もかもが慌ただしい。そこにデジタル教科書導入のための事務作業がドンと上乗せされてくるのだとしたら、なかなか厳しいなぁと思うのである。
あんまり大きな声では言えないけれど、いま教科書会社が副教材として出しているデジタル系のものに関して言えば、決して使いやすいとは言えない場面も多い。
IDパスワードまわりだとか、サイトの動きだとか、けっこうストレスフルだったりする…というのが、自分が日々触れていての実感だ。
そういう実感があるからこそ、デジタル教科書が始業式から、授業開始日からつつがなく安心して使えるのかどうか、というところには、どうにも実務上の不安が残るなぁと感じている。




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