
花まる教育研究所が2026年4月15日に発表した保護者向け調査で、子どもの生成AI利用について家庭内で話し合えていない保護者が9割弱に上るという結果が示された。
記事に目を通していて、考えたことを書き留めておきたい。
大人の想像と子どもの実態はズレる
子どもたちがテクノロジーとどう向き合っているのかは、大人の視点から見ていると実は分かりにくいことが多い。大人が「こういうものだろう」と分かったつもりで接していても、子どもは想像とは全然違う使い方をしていることが多いのである。
スマホの話でも、SNSの話でも、そして今の生成AIの話でも、この構図はあまり変わらないのだろうと思う。
だからこそ、子どもが普段テクノロジーに対してどう考えているのかを聞いてみる、行動を観察してみる、家庭で使うルールを相談してみる、といった対話の機会は大事になる。
件の調査でも、保護者が抱える不安としてAI依存や思考力の低下、誤情報への懸念が上位に並んでいた。
ただ、こうした不安が先に立ってしまうと、子どもの実際の使い方を聞く前に、禁止や制限の話から始まってしまいがちだ。まずは子どもが何を、どう使っているのかを知るところから始めたいところである。
対話のノウハウはまだ共有されていない
ただ、実際に家庭内でどう対話すればよいかというノウハウは、まだはっきりと共有知として確立されていないというのが正直なところだろう。
「話し合いましょう」と言うのは簡単なのだけれど、どう切り出すのか、何を聞くのか、どこまで踏み込むのかといった具体の部分は、各家庭がそれぞれに手探りになっている。
だからこそ、まずはこのデータを見て「話し合いの必要性」を実感する、というところから始める必要があるのだと思う。
9割弱が話し合えていないという数字は、単なる統計ではなく、多くの家庭で「話し合わなきゃいけないとは思っているが、後回しになっている」という状況の反映だろうと思う。
調査の自由記述でも、親自身が生成AIの使い方に自信がないために子どもの利用にも批判的になってしまう、という傾向の声が見られたようで、対話の前の段階で躓いてしまっている家庭の実態がうかがえるなぁと思う。
こういう本も出ているのでもう少し広まってほしいなと思う。
学校は家庭に丸投げでよいのか
では、こうした状況に学校はどう関われるのか…というところが、自分としては気になる。
家庭に対して丸投げになってしまっている状況は、学校としてはあまり良くないと思う。「家庭のしつけの問題だ」と切り捨てた瞬間に、教育現場としては何も考えていないのと同じになってしまう。
一方で、学校が家庭のやることに何でもかんでも介入して指導ができると考えるのも、また不健全だとは思う。
家庭には家庭の文化や価値観があるし、それを一律のマニュアルで塗りつぶすようなやり方は長く続かない。また、教員の負担としても限界がある。
ただ、学校から家庭に対して「こういう話し合いの方法があり得ますよ」「こんな対話の切り口があり得ますよ」と提案していくことは、長期的にはやはり望ましいのだろうと思う。
保護者会や懇談の場、あるいは学級通信など、接点はそれなりにある。
そうした場で、押し付けではなく選択肢として、禁止・許可の二択ではなく、どんな問いかけから始められるかを共有していく。地味だけれど、こうした積み重ねが家庭での対話を支える土台になるのではないだろうか。
まあ…そもそもとして、大人の対話が足りてないよね。






このブログについて
