ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

次期学習指導要領の国語の話が出たけど…

Notes to Myself – Brendan Dawes

中央教育審議会のワーキンググループから、次期学習指導要領の高校の国語の科目再編案が出ている。

www.mext.go.jp

文字が多くて何がいいたいかわからん…。ここまで文字を詰めるならスライドではなくて議事録か文書にしてくれよ…スライドにされてかえって意味がわからん。

これを受けての各社の報道はこんな感じ。

 

高校国語の選択科目を6科目に再編案 理系が学ばぬ「文学」履修促す [学習指導要領の改訂]:朝日新聞

高校の国語科目、異例の短期再編へ…2022年度新設の「論理国語」「文学国語」を廃止 : 読売新聞

高校国語で科目再編案 文科省、論理的な表現育成へ選択4→6科目に - 日本経済新聞

高校国語、再び小説重視 AI時代に感性を 次期要領で文科省案 | 毎日新聞

実用文と小説の分離解消 高校国語、32年度指導要領|秋田魁新報電子版

 

学校の外にいると分かりづらいところですが、いわゆる高校の選択科目というのは、学校が何を開講するかを基本的に決めている。

だから選択科目といっても、学校の教育課程に開講自体されていなかったら、そもそも生徒は選択することはできないわけです。

そして学校の時間割を組むことには物理的な限界があるので、4単位科目となった現行の学習指導要領の選択科目だと、なかなか融通の利かない組み方になっていたので、困っていたわけです。

このこと自体はパブリックコメントの時点でもうかなり指摘されていたわけで、それを強行したのは文科省です。

でも、何を選ぶかで文学を後回しにした学校が多かったのは、入試を優先した学校の判断は大いにあるわけです。科目の組み合わせなどによって文学国語を課程においている学校はあるわけで、論理国語で無理矢理に文学教材をやるというのは筋が違うように思っている。

文科省の肩を持つ義理はないけど、高校の現場もよっぽどどうかと思っているよ、一現場の教員としては。

ちなみに、各社の見出しの根拠になっていそうなのは、以下のスライドだと思われ。

【資料1】第9回国語ワーキンググループの検討事項についてより。2026/05/12確認)

特にこの部分ですね。

【資料1】第9回国語ワーキンググループの検討事項についてより。2026/05/12確認)

毎日新聞の「高校国語、再び小説重視 AI時代に感性を 次期要領で文科省案」と秋田魁新報電子版「実用文と小説の分離解消 高校国語、32年度指導要領」はこのスライドからはやや言い過ぎだろう。

毎日新聞の「再び小説重視」は現行の学習指導要領が文学を軽視する方向に舵を切ったような前提であるのもおかしいし(少なくとも運用で問題があるとしても文学を軽視したわけではない)、「小説重視」とは書いていない。バランスについての言及である。そのため、この見出しはほぼ願望に近い。

秋田魁新報電子版「実用文と小説の分離解消」については、「分離解消」するかはかなり怪しい。科目から「論理国語」と「文学国語」が消えて「現代の国語Ⅰ」と「言語文化Ⅱ」に吸収されているわけであるけど、「古典」と「近代以降の文学的文章」を今でも扱えていないものが解消するかは怪しいし、そもそも科目が違うので分離したままである。

日本経済新聞高校の「論理的な表現育成」と毎日新聞の「AI時代に感性を」が並ぶのも面白いところ。AI時代やSNS時代であることを言及している部分の①と②のどちらに注目したかということが、各社のスタンス、価値観が透けている感じはある。

まだこれから整理されるとは思うけれども、結局4単位科目であるということが重いし、分割履修となって細切れでやっていくことになるんだろうなという印象はある。

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