
文部科学省が来年度の大学入試のルールを公表した。総合型選抜と学校推薦型選抜、いわゆる「年内入試」で面接を必須化する、というのが目玉だ。すでに面接なしで学力試験中心の年内入試を実施してきた大学には、2年間の猶予期間が設けられるという。
大学「年内入試」で面接必須に 私立大、学生確保へ戦略転換迫られる - 日本経済新聞
報道を読みながら、まず引っかかったのは「大学側の入試戦略の転換」というフレーズだった。
少子化のなかで早期に学生を確保したい、という経営事情は理解する。死活問題になっている大学があるのもわかる。だが、走り出した年内入試の運用が、徐々に「青田刈り」の様相を強めていたこともまた、率直に言えば事実なのである。
「規制」と「抜け穴」のいたちごっこ
経緯をざっと追っておく。もともと年内入試は人物重視、多面的評価の選抜だったはずだ。それが、ある私大が学力試験中心の大規模な年内入試を始めたことをきっかけに、議論が紛糾した。
文科省は学力試験そのものは解禁する代わりに、複数の評価方法との組み合わせを求めた。
ところが、その「組み合わせ」のなかで学力試験の配点を限りなく大きく取る大学が現れた。今度の面接必須化は、その流れに歯止めをかけるための措置だ、という説明である。
なんというか…ルールが整備されるたびに、ぎりぎりの網の目を縫ってくるやり方が「工夫」と呼ばれるのなら、高校現場としてはたまったものではない。
総合型選抜・学校推薦型選抜という入試区分の趣旨を踏まえたとき、抜け穴を縫う運用を、本当に「工夫」と呼んでよいのだろうか。そういうやり方で偏差値が引き上げられ、結果として「人気校」「上位校」扱いされていく…という構図があるのだとしたら、いかがなものか、と思うのである。
高校の現場が背負わされるもの
もちろん、高校側にも内省すべき点はある。「年内に合格を確保しておいて、年明けはより上位の大学を狙う」という指導の前提が成立してきた地域があり、それは年内入試の青田刈り的な性格に乗っかった指導でもあった。
決して綺麗な話ではない。
そこに「面接が必須です、ただし大学には2年の猶予を与えます」とくる。
猶予期間中に大学側が経営への影響を抑えた選抜方式を編み出していかなければならない、という幹部の声が報道のなかにあったけれど、それもまた大学の都合の話なのだ。
高校が背負わされる進路指導の組み替えや、増員される面接対策の負荷は、その「工夫」の外側で誰かが吸収していくことになる。
なお、指定校推薦については、その最たるものだと思っている。大学によっては随分…ねぇ……。
いっそ同時並行でやってはどうか
大学のリソース上、一つの大学が時期をずらさずに学力試験、総合型、推薦をすべて回すのが難しいのは現実だ。
それはわかっているが、それでも抜け穴をすり抜けるような運用が続くのであれば、いっそ年内入試の枠組みそのものをいったん畳んでしまって、すべての選抜を年明けに同時に並走させ、それぞれの入試の適性で受験生を選び分ければよいではないか…と、つい悪態の一つも吐きたくなる。そのくらいの負荷をかけないと自重しないような気がしている。
もちろん、これが現実的な提案でないことは自分でもわかっている。大学経営、地方の事情、高校生の進路指導のリズム、いろいろな要素が絡み合って今の形に落ち着いているのだから、いきなり解体すれば、混乱の被害を一番受けるのは結局のところ生徒たちだ。
ただ、教室で生徒に説明し続けている身からすると、その看板と実態との乖離を、これからどう説明していくのか…という問題は、ずっと残り続けるのである。河合塾の調査で面接必須化への賛成が7割を占めたというのは、現場感覚として頷ける数字だろうと思う。
筆記試験のほうが大学にとって時間も労力もかからない。それは理解する。
だが、選抜の趣旨に沿った手間をかけることそれ自体が、入試制度への信頼を支えているじゃないの?




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