来週あたりから、どうやら台風も絡んで天気が崩れるらしい。梅雨前線も近づいてきていて、いよいよ梅雨が本格化する時期なのだろうと思う。
毎年この季節になると、不思議と同じことを考える。梅雨が明ければあっという間に夏休みで、夏休みが終われば二学期、気づけば年末……と、一年というのはこうやって過ぎていくのだなぁ、と。
季節が時間の節目になる
学校という場所にいると、時間の感覚が少し独特だ。世間の暦よりも、行事や学期の区切りで一年を測っている。中間考査が終わって、衣替えがあって、梅雨に入る。この「梅雨に入る」というのが、自分にとっては一年の折り返しに向かう合図みたいなものになっている。
考えてみれば、国語で扱う文学は季節の感覚で満ちている。
和歌でも俳句でも、季節は単なる背景ではなくて、時間が経っていくこと自体を言葉にする装置だった。梅雨の鬱陶しさも、それが過ぎたあとの夏の眩しさも、昔の人はちゃんと言葉にして残している。
授業で生徒にそんな話をしておきながら、いちばん季節に鈍感になっているのは自分のほうではないか、とふと思ったりする。
過ぎる速さに、少しだけ抗ってみる
歳を重ねるほど時間が速く感じる、というのはよく言われる話で、理屈もいくつかあるらしい。新しい経験が減ると記憶の密度が薄くなって、後から振り返ったときに「一瞬で過ぎた」と感じる……みたいな説明だ。本当かどうかは自分には判断がつかない。
ただ、教員という仕事は、毎年同じ季節に同じことを繰り返しているようでいて、目の前の生徒は毎年違う。同じ梅雨でも、今年の生徒とどう過ごすかは今年だけのものだ。そう考えると、過ぎていく速さに、ほんの少しだけ抗える気もする。
雨が続くと気は滅入るけれど、まあ、それも含めて今年の梅雨なんだろうなと思う。とりあえず、くたびれてきた傘を新調するかどうか、迷っているところだ。





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