ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

AIで面接練習、その先にある景色

スタディポケットが「AI面接対策」の実証を福井高校と晴海中学校で始めるというニュースを読んだ。

edu.watch.impress.co.jp

面接練習をAIにやらせるサービス、まあ学校の先生の切実なところだよなぁ、というのが正直な第一印象である。

「話し慣れ」を肩代わりさせるのは、悪くない

定番の質問への対策に関して言えば、特別な技術がいるというより、要は話し慣れるかどうかの世界だと自分は思っている。

志望動機、自己PR、将来の目標。聞かれることはだいたい決まっていて、生徒は同じことを何度も口に出して、ようやく自分の言葉になっていく。

その反復に教員が何時間も付き合うのは、なかなか難しい。

だからそこをAIに手伝ってもらうというのは、業務軽減という意味でもけっこう意味があるかもしれない。記事でも、大人数のクラスで一人ひとりに丁寧に向き合えない、という現場の声が紹介されていた。

最低ラインの底上げ、という一点に絞れば、たしかに使い勝手はあると思う。

でも、生徒が本当に手こずるのはそこじゃない

ただ、実際に面接練習をやっていて思うのは、生徒が苦戦するのは「何を言うか」よりも、人間相手のコミュニケーションそのものだということである。

自分の答えに対して返ってくる表情、体の動き、間。

そういうものに緊張して、言葉が出なくなる。

本番の面接官は、こっちが話している途中で急に割り込んできたり、ため息をついたり、微妙な無反応で圧をかけてきたりする。あの生々しさにどう耐えるか。最上位の生徒が最後に詰めていくのは、たいていそこなのだ。

そう考えると、AIの面接練習は最低限のレベルアップには効くけれど、いちばん難しい最後のチューニングには、なかなか届かないだろうと思う。

ここで一つ引っかかるのが、「教員や友達の前だと羞恥心で真面目にできない」から、AIなら気楽でいい、という売り方である。でも、その「人前の気まずさ」こそ、面接で問われているものではないのか…?

恥ずかしくない練習環境というのは、いちばん効かせたい負荷をわざわざ抜いた練習になっている気もする。

評価をAIが返す、ということ

このサービスは、模擬面接のあとにA〜Eの総合評価と、論理性・具体性・意欲・一貫性といった観点別の評価を返してくれるらしい。

論理性や一貫性は、まだ文章として採点しやすい。

でも「意欲が伝わるか」を、目の前の人間に何の利害もないシステムが判定する、というのはなかなか奇妙な話だと思う。意欲なんて、本来は受け取る相手の人間がいて初めて成立するものだろう。それでも数値で返ってくる以上、生徒は「AIに意欲ありと判定される話し方」を覚えていく。指標がいつの間にか目標にすり替わる、いつものやつである。

妄想

ここからは半分妄想として書くのだが、もう一歩進めて考えると、面接を課す側が「もうこれでいいじゃん」となる可能性がある気がしている。コストも省力化も、理由は揃っている。AIで一次面接をやる、という未来だ。

そうなると、AIで面接対策をしてきた生徒が、AIを相手に面接を受ける。準備から本番まで、一周ぜんぶ機械の中で閉じてしまう。

なんともディストピア感のある入試が、しれっと成立してしまうんじゃないか。

とはいえ、そこは自分でも読み切れない。

総合型選抜や学校推薦型選抜は「うちはあなたを一人の人間として見ます」という建前とセットの制度だから、一次をAIに丸投げした瞬間、その建前と矛盾する。就活ほど素直にはAI化が進まない抵抗線も、たぶんあるはずだ。

…が、コスト圧がそれを押し切る目もある。どっちに転ぶかは、正直わからない。

…と、不穏な妄想をしたところで、今日はおしまいにしておく。

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