ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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使いこなせるだろうか

Thomas & Kris' Wedding

また、他人によく分からないようなことを書いて分かる人には分かるような書き方をします。

本校にもいよいよ破壊的なイノベーションの嵐が吹き荒れようとしているのです。

胡坐をかいてしまえば…

教室という場所は非常に閉鎖的である。王国とも揶揄されるくらいに、絶対的な権力者として教員が振舞っているような場合だってある。

他の業界からすれば信じられないかもしれないけど、自分の授業が、つまりは自分の仕事が同業者から批判的に評価されることはほとんどない。一部の、意識のある場所でだけ、お互いに授業を見学しあって検討しあっているのであって、一般的な教員同士だとお互いの授業について不干渉というのが暗黙の了解になっている節がある。

これは聞いた愚かな話として聞き流してほしいのだけど、「担当者が変わったら前の担当の人が良かった」と言われて喜んだという教員の話は少なからず聞く。まあ、愚かですね。学校という小さい枠で小競り合いしているのが滑稽ですし。そんなによい授業なら競争しなくて「よいものはよいのだから当たり前だろ」くらいにふんぞり返ってもらいたい。いや、そうじゃないか(笑)。

でも、今の時代はそんな内向きに小競り合いしているような教員にとっては生きづらい時代です。予備校の講師と競争させられている間はまだマシですが、24時間コンビニエントに競争をさせられるようになってしまっては、いよいよ自分の授業の質について問われざるを得なくなってくるわけです。

目の前で「お前の授業よりこっちがいい」とやられたときに、逆上しかできないのでは、いよいよもって見苦しいことこの上ないですね。

何のために40人で教室にいるのか

根本的な問いとしていつだって同じところに戻ってくるのである。

一体、何のために教室で40人でいるのかということである。根本的に効率よく大人数に教えるということから始まっているのは間違いないのだけど、生徒個別にオーダーメイドできるような教育がイノベーションによってどうにかなるのであれば、もはや40人で一緒に授業する意味がない。

その前提を無視して、教室で教員のいうことを押しつけるのは、なにか、ただ「理不尽に耐え忍べ」ということを教えたいというのであろうか。もはや、そうなっては学校は時間を無駄にさせる場所でしかない。

だからといって簡単に人数を減らせないのだから、40人でどのように学ぶのかということについて新しい授業観を考えなければいけないのです。

 

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当たり前に新人に「まずはふつうの授業をできるように」という人が多いけど、それも本当にそれでいいの?

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