話題になっていたので自分も買ってみました。
印税はリーディングスキルテストの受験を無償化するために使われるそうなので、借りるのを待つよりも、買ってもよいかと思い購入。
時間もあったので読み終えました。色々と面白いので紹介しておきます。
AIに対する過大な期待を諫めて…
リーディングスキルテストについて詳細に書いてあるのかと思って読み始めたのですが、本書の前半半分はAIをめぐって社会がどのように受け止めているのかということの説明や、実際にAIができることやAIの限界の説明、さらには東ロボプロジェクトから得られた知見についての説明が前半の約5割を占めています。
正しく理解することで、問題を正しく理解するということを目指しての構成だと感じます。どうしてもAIという言葉や読解力という言葉が、イメージが先行して扇動的に用いられることを思えば、このように簡単な形ではあっても、現状についてやできることやできないこと、仕組みの説明があることは重要なのではないかと思います。
教員はやっぱりAIのような最新のテクノロジーについては全く理解が出来ていないといっても良いような状況ですから、こういう解説は面白く読めます。
全ての子どもが読めるようになるために
この本の後半のメインがリーディングスキルテスト(RST)と、そこから教育として何が言えるかということです。
結論として最も重要なことは
AIと共存する社会で、多くの人々がAIにはできない仕事に従事できるような能力を身につけるための教育の喫緊の最重要課題は、中学校を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることです
ということです。
これは新井先生が代表を務める
でも述べられています。
詳細な調査結果の説明については本書をご購入いただいて確認していただければと思いますが、基本的にはすでに色々なところで発表されてきた内容をダイジェストでまとめたものになっています。
特に重要だと思った箇所だけ引用しておくと
今のところ、「こうすれば読解力は上がる」とか「このせいで読解力が下がる」と言えるような因子は発見されなかった
個人的には意外に感じたことです。それだけ読解力とは何かということが難しいということなのでしょう。しかし、これを踏まえたうえで
何ら意味ある相関が見つからない中、大変気になることが見つかりました。就学補助率と能力値との強い負の相関です。(中略)つまり、貧困は読解能力値にマイナスの影響を与えています。
という結果が出ていることを読むと、新井先生が強い危機感を持って、「すべての子どもがきちんと読めるようになること」を主張されることに納得できますし、その責任の重さを感じます。
教科として何ができるのだろう
このような内容を踏まえたうえで、「読解力」について一番に責任を負わされる教科である「国語」としてどのようなことを考えなければいけないのかということを考えます。
いわゆる「国語」の授業が文学的文章ばかりやっているだとか、筆者の考えや作問者の考えを忖度させているだとか、情緒的なことばかりやっていて論理的じゃないだとか、各方面から批判されますが*1、実際、そう思われても仕方ないような授業は少なからずあることは認めざるを得ない部分もある。
そうではないとしても、例えば「言語生活」のように国語科の中では理解されるような概念でも他教科からすれば、理解されないような概念は多くあるので、そういう説明不足の側面も反省すべきなのだろうなと思う。
RSTのテスト結果からは読書などがあまり読解力に影響を与えないとなっていますが、それでもおそらく読書教育などは国語が担わなければいけないことでしょうし、定番教材がなくなることもないだろうし、たぶん単純に教科書の文章を読めるようになるという話なら、国語だけではなくむしろそれぞれの教科で丁寧に言語活動してもらうほうがいいんだろうし……うーん、まあ、色々やらないといけないですよね、はい。
でも、各教科等の特質に応じた見方・考え方が提示されたことや引き続き言語活動が重視されることからすれば、改善の方向にはそもそも指導要領も向かっているのかなと思ったり。
関連過去記事
どのような方向になるかは分かりませんが、個人的には、今まで以上に生徒を評価する機会や尺度を多様に持ちつつ、授業の中で圧倒的に扱う情報を増やしていかなければいけないのだろうとは思います。
読解力の一つの形はRSTのようなものなのでしょうし、それだけではなく、国語であれば、現在の社会がどのような言語の状況なのかということからも教えることを考えなければならないと思うと、情報が氾濫に近い状態で溢れている社会なのですから、授業でも多くの情報を扱えるためのことを教えなければいけないと思います。インプットとしてもアウトプットとしても。
そのためには、少なくとも精読しか、しかもその指導が奏功しているか怪しい従来の一斉授業型の展開だけではだめなのではないかと思うのです。
余談:ツッコミどころ
紙幅の都合で書けないこと、データを示せないこと、削ぎ落したことがあるのは重々承知しているけど、それでもツッコミどころとして気になるところがいくつかあるので書いておきます。ただ、全体で最も重要な主張である「RSTで子どもに読解力を保障する」ということについて否定するものではないとは断っておきます。
東ロボくんのチャレンジが明らかにしたことは、AIはすでにMARCHの合格圏内の実力を身につけたということです
これは割とどうでもいいことですが、受験に関わっていると気になるのでツッコミ(笑)。ここでは婉曲的な言い方になっていますが別の個所では
東ロボくんは、あるいはAIはなぜMARCHに合格できるのか
と、はっきりと「合格できる」と書いてあります。
この根拠として挙げているのは
2016年に受験したセンター模試「2016年度進研模試 総合学力マーク模試・6月」では、5教科8科目950点満点で、平均得点の437・8点を上回る525点を獲得し、偏差値は57・1まで上昇しました
と、6月の進研マーク模試です。
ツッコミどころはいくつかあって、皮膚感覚的なことから言えば、57くらいではMARCHは受からないよなぁ……と思うのです。と、いうのも、進研模試は母集団が非常に大きい模試ということや6月の進研模試はほとんど浪人生は受験しないということもあって偏差値がインフレしやすいので。
それに、例えば、偏差値ということであれば首都圏私大よりも地方国公立や女子大のほうが下がりますが、これらの大学はかなり長めの記述問題を出すので、おそらくAIでは対処しにくいような気がします。
まあ、東大模試で結果を出していることや過去問を学習させれば数字は出るでしょうから、過大な問題だとは思っていません。書いてないだけで他で調査しているのかもしれませんし。
ただ、このことを根拠にして全体的にちょっと煽りすぎじゃないかなぁ…今の高校生や大学生がAIより出来が悪いと読者が勘違いするんじゃないかなぁ……と感じることもあり。
また、アクティブ・ラーニングについても
アクティブ・ラーニングは、必ずしも、正解に辿り着くことを目標としていないことは知っています。正解に辿り着く方法を身につけさせるのが主眼なのでしょう
という記述は、紙幅の都合があるので議論する余裕はないのでしょうが、指導要領にアクティブ・ラーニングを前面に出さないで色々と議論している中で、あまりに雑なんじゃないかと思い、雑に言及するくらいなら言及しなくてもよいのではないかと感じるわけです。
他にもツッコミたいことはありますが、結局、それによって本書の価値が下がるわけではないのでやめておきます。
RSTによってどこまで子どもの学力を底上げできるのかは分かりませんが、どの子どももしっかり読め、理解できることが保障されることが実現することに教員は責任があるのだと強く思います。
*1:本論から逸れるので書かないけど、国語が文学的文章ばかりやっているだとか論理を指導しないだとかいう批判は少なくとも今の教科書の内容からはズレている批判だよね…とは思う。