ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

ライティングワークショップを終えて(感想まとめ)

pen and paper

2016年も終わるのでここでまとめも終了します。

長く書いてきましたが、あまりまとまりはありません。ただ、生の感想を残しておいて、このあとどこかでちゃんとまとめられれば……。

継続してこそ力になる

多くのライティングワークショップの参考文献で言われているが、この授業が成果をあげるためには、やはり時間をかけて取り組む必要がある。

わかっていたことだけど、やってみて生徒の興が乗って来たと感じるタイミングがやはりかなり時間が経ってからだったというのも実感として感じるし、自分自身がカンファレンスを上手く回せるようになってきたのも、やはり最後の方の授業であった。

また、何とか冊子にまとめたからこそ思うのだが、この作り上げた冊子を読み込み、感想を持つことで、もっと高度な書くことに取り組めるような期待感がある。一回きりの書くことではなく、継続的に書いては読み、読んでは書いてを繰り返さないと、なかなか成長は難しいんじゃないかと思うし、また、せっかく成長のきっかけになる道具として成果が積み上がっているのに、いかす機会が持てないことはもったいないと思う。

どうしても、短い時間でやっていると成果を焦るのも、授業を取り組ませる側としてもあまりいいとは思えない。どのテクニックを使うのか、どうやって書きたいかはやはり子どもの必然性に任せたいなぁと感じる。

読んだり書いたりする文化を育てたい

この授業を通して強く感じるのが、自分のペースでじっくりと考えている時の子どもの様子が非常に様々なであるということだ。あまり進捗がよくないように見えても、実は頭のなかでかなり色々なことを考えていたり、書くことはうまくなくても話させてみると上手にまとまっていたりと、学びかたや表現の仕方が子どもによってかなり変わるのだということを感じさせられた。

ただ、共通して言えることとしては、一発本番のような深まりのない作文から脱していくためには、様々な文章を読んでいることは必要だし、表現することで誰かにフィードバックをもらうということが重要だということ。

じっくり考えるのが好きな生徒であっても、どこかで言葉を共有してもらうことで、言葉を練る機会が生まれているし、その子どもの使っている言葉が他の子どもが使える言葉として共有される瞬間を見ている。

しかし、ふりかえってみると、そうやって言葉が共有されていくようになるまではやはり時間がかかったように思う。最後の何回かの授業でそのような光景が見えたから、鮮烈に見えるだけで、やはり言葉を表現したり練り上げられたりするためには、そうなるように何度も場数をふんでいかないと難しい。

思うに、そういう知的に粘るためには普段からの訓練は必要だ。

丁寧に日常から書いたり共有したり読んだりという営みを自分のこととして消化できる習慣を育てていかないといけないと思う。

何よりも、そのような書くことへの余裕は、こどもたちがそういうような文化を持っているかという習慣の違いを強く感じている。

総括として 今後もライティングワークショップをやるか

心情としては続けてやっていきたいし、一年間を通して、そういう時間を継続的に持ち続けることで、本当に文化として生徒の中に育ってくるものがあるのではないかと思うだけに、自分としては続けていきたい。

しかし、カリキュラムの都合を考えると、三学期に自分勝手にそれをやることは難しい。やはり、上下左右との関係はある。

また、来年以降に、こういう時間を継続的に持てるのかと言われるとやや苦しい。どうしたって、自分が勝手に「山月記」や「舞姫」のような定番教材を無視してやらないと言い出すのには勇気がいるし、回りが理屈を説明してもそう簡単には許してくれないと感じる。

でも、どこかでまとまってちゃんと継続的にやることは必要だと思う。それは、昨日も書いたけど、おそらくリーディングワークショップと並行してやるべきことなのだろうと思う。

だから、数年の計画で実績を作り、カリキュラムに組み込んでいくことが必要なんだろうなぁと思っている。まずは、仲間と環境を作ろう。

参考記事 

s-locarno.hatenablog.com

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