ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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ひたすらに解説する

Arabic lesson

学年末考査も終わり、本校はこれからしばらく成績処理が終わるまでは、春期講習会である。珍しく普通の授業をやります。問題演習と解説のスクール形式の授業である。

まあ、世の中の動画授業でやればいいんじゃないかと冷めている自分がいる一方で、生徒からの需要はそれなりにあるし、入試問題をそれなりにきっちりと読み進める練習をさせることも、「読み方」の技術の一つとしてやりたいという生徒に教えるなら、悪くもないのかもしれないなと。

元々、塾講師ですし、それなりに目を引くようなアコギなこともできるので、楽しくやれればよいかしらね…。

めっきり解説したいと思わなくなった

最近の気分の問題として、「解説して分かった気にさせてもダメだよなぁ…」ということが大きい。

確かに、解説して理解が飛躍的に良くなって、そこからますます自分で勉強できるようになるというパターンもあるのだけど、少なくとも時間割から逃れられない相手に対して行うことではないな…と感じるのです。

入試問題も、さすがによく練られているものを一つずつ解きほぐしていき、丁寧に読み進めて一つの文章を理解していくということで、得られる知識や読み方のコツもあるのだけど、高校1年や2年の時期に、時間割で縛っているような授業の中で、そればかりを押しつけていくことは、生徒の学び方の多様さを無視することになりそうで、そういうリスクを感じてしまうのです。

あとは時間があるのだからこそ、自分で文章と格闘させていいんじゃないかとも思っています。自力で情報を構造化したり換言要約していくことなどで、我慢強さは身に付けて欲しい気はする。我慢なんて言うと聞こえは悪いが、理解できないものを投げ出さないような我慢の力は欲しい。いつだって簡単に解説してもらえるわけではないのだし。

まあ、気分ですね。明確にビジョンがある訳ではない。

ただ、やることをきちんとやってベースアップしておけば、問題を解くことに特化することはさほど難しくはない感覚はあるし、それで問題もなかったしね。

入試問題は悪いものではないです

受験のための入試問題はそれほど悪いものではないです。よく練られているものは、解く側の勉強になります。

出典などを見ても、よく見つけてきたなぁ……と感心することばかりですし。

何といえばいいのでしょうかね、別に入試問題の検証が嫌という訳ではないのですが、一方的に解説していてもしゃーないだろうというモチベーションの上がらなさ。

分かった気にさせて、何もできないってならないように気をつけたいところですね。

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