ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

二学期のライティング・ワークショップを振り返ろう その1

writing

冬季休業に入る直前にライティング・ワークショップ(WW)を行っていました。 

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冬季の休みに入って時間に余裕も出てきましたし、生徒からの作品もほぼ集まり、添削を開始したので、今学期のWWについて少しずつ振り返ってみようかなと思います。

途中で飽きるかもしれないけど(笑)

厳密にはライティングワークショップではない

自分が今回行った授業は厳密にはライティングワークショップではない。例えば

ライティング・ワークショップ―「書く」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

ライティング・ワークショップ―「書く」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

  • 作者: ラルフ・フレッチャー,ジョアン・ポータルピ,小坂敦子,吉田新一郎
  • 出版社/メーカー: 新評論
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作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

 

で説明されているWWは、「継続的に」行うものであるし、子どもに好きなものを好きなように書かせるものであるし、書いたものを修正するなどの作業に十分な時間をかけるなどするものだ。

そのような基本的なライティングワークショップの在り方からすれば、自分が今回行った授業は、「単発の単元」として書くことに取り組んだものに過ぎないし、題材についても選択肢は委ねたもののこちらから「古典エッセイを書く」という課題を提示してしまっているし、時間が足りなかったせいもあって、推敲や修正に十分な時間をかけたとはいいがたい。

ただ、WWの中で大切にされている「共有の時間」や「カンファレンス」については、十分に時間をかけて行ったし、「古典エッセイ」という縛りをつけたものの、その縛りが結果的に図書室の有効活用につながったという印象はあるし、題材選びやエッセイの書き方に個性がかなり出て面白さを感じられる部分でもあったと思っている。

やはり課題としては、年間の指導計画を含めた「継続性」をどうするかということであるし、「修正」という点についてうまく取り組ませたいところである。

生徒にとって負担の大きい作業だった

生徒が提出に向けて必死になっていた様子を見ていて「一生懸命やってくれているなぁ」と微笑ましく見ていたけれども、一方で駆け込み乗車のように仕上げて出さざるを得なくなったことに授業計画の失敗を思う。

時間としては10時間くらいとったのだけど、それでも授業内でエッセイを完成させて、修正して、出版するというところにまでたどり着くには時間が足りなかったように思う。

授業の冒頭のミニレッスンでも生徒の作品を取り上げて「どのような点が修正できるか」ということを示したり、カンファレンスで修正を促したりしたのだけれども、なかなか修正までは手が回らなかったように思う。

原因としては、「古典エッセイ」という縛りが生徒にとっては重かったということがある。「古典」という題材を選ぶことにかなり時間がかかってしまったり、題材を決められずに何度も書き直しをしていることがあったりして、提出間際になってしまった生徒が多い。

自分もこの「古典」という題材のハードルの高さについては警戒して、図書室で手本となるような図書を準備していた。例えば、 

からだ (人生をひもとく 日本の古典 第一巻)

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これは古典エッセイを書かせたいと思った理由の本。それ以外にも 

兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれる わたしたちの生きかた

兼好さんの遺言 徒然草が教えてくれる わたしたちの生きかた

 

のような本文を引きながら、現代の価値観に結びつけて論じている本を準備した。

しかし、それでも「古典を探す」ということがやはり難しかったのは間違いないし、「古典を探しているから書くのはあとでいいか…」というような感じで、なかなか書き出せないで逡巡している生徒もいた。

自分の意図としては、生徒たちの経験してきた「作文」が「一発本番」で「二度と読み直さない」ということに問題を感じていたので、できるだけスタートは気楽に書いて、何度も書き直すうちに内容を高める…という経験をさせたいと思っていた。

だから、授業の展開の途中で、「とりあえず、古典が難しいようだから、自分の今、書きたいことや浮かんでくることを言葉にしていこう」と、「とりあえず、好きなことを書かせる」という方向に方針転換した。その書いた内容に合わせて、古典を選んでもらったり自分が推薦したりする方向に変えました。

やっぱりWWの肝は「自由に書かせる」ことにあるんだなぁ……と自己流にアレンジしたのを少し反省。

たくさん文章を書くにはたくさんの時間が必要

実践してみた一番の感触としてあるのは、「たくさんの文章を書かせたいならたくさんの時間を生徒にあげる必要がある」ということだ。

うっかりすると簡単に教員は「作文を書け」と生徒にいいがちであるけど、その結果がやっつけでだされる作文であるし、やっつけで書くのであればテンプレートのような作文の方がラクだけに、どんな題材でも同じような内容の作文が量産されることになる。

本当に色々なことを豊かに書かせたいのであれば、無駄遣いに見えるような時間を十分に与えないとダメだなぁと思う。

今後、アクティブラーニングや深い学びの流れを受けて、書くことが重視される傾向にあるんだろうけど、どこまで時間を投資する度胸があるかは、なかなか難しいように感じられる。

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