ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

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本を読む休日

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今日は勤労感謝の日。感謝されるのか感謝するのかよく分かりませんが、休める時に休むのは異論ありません。今日は昨日も紹介した本を読んでいました。

「学びの責任」は誰にあるのか: 「責任の移行モデル」で授業が変わる

「学びの責任」は誰にあるのか: 「責任の移行モデル」で授業が変わる

  • 作者: ダグラスフィッシャー,ナンシーフレイ,Douglas B. Fisher,Nancy E. Frey,吉田新一郎
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2017/11/17
  • メディア: 単行本
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よい本です。それだけに丁寧に読みたくて、今日だけでは読み切っていません。

しかし、読みながら思うこともあったのです。

新しいことは色々なところに転がっている…けど

最近は教育改革ということがかなり意識されていることもあって、世の中に教育のパラダイムを変えようとする熱意とエネルギーを持った本が数多くあります。

しかしながら、そのような本を読んで感動して他の人に薦めたときに、少なからず次のようなリアクションを受けることがあります。

  • 「こういう授業ならやったことあるよ」

そう言われると、自分が興味を持っていることであるので「お?」と思って話を聞くのですが、多くの場合は、表面的な「活動」ばかりが似ている(似ているならまだマシ)だけで、まったくその授業での「願い」だとか「原理」だとか「工夫」だとか、何を取っても全く見当違いなものしか返ってきません。

非常に満足げにお話しいただき、「なんだったらやったことの指導案とかワークシートあげるよ」と有難(迷惑としかいいようがな)いことを言われることもあります。

そこで「分かりました」と愛想よく返すことができれば自分も大人なのですが…。

個人的には、やはりいくら見た目が似ていようと、根本的な原理や願いや工夫の仕方が異なるものを「同じ」といって括ることはできないですし、参考にできることは大いにあったとしても、まずは報告されている実践を丁寧に理解するべきだと思うのです。「自分が」ではなく「相手が」をきちんと傾聴するべきですよね。

「自分もやった」ならまだしも「自分もとっくにやったけどダメだよ、それ」とか言い出してしまうと、せっかく新しく出てきた考え方なのに、その新しい視点をまったく理解できないままに自己流の実践を乗り越えることは難しいのでしょう。

やりがちです……

でも、何か実践を見たときに「ああ、それってやったことあるわ」という気持ちは自分だって脊髄反射的には持ちます。例えば今読んでいる『「学びの責任」は誰にあるのか』で紹介されているモデルについて、一つ一つの段階の例についてはいちいち「あ、これって自分もやっているあれだよねー」とかやっぱり思いながら読んでしまいます。

でも、例えばこの本であれば表面的な一個一個の事例が問題なのではなく、全体として教員から生徒への責任を移行していくことをどうデザインしていくかが問題の根本にあるわけで、単発的に自分があれをやったとかこれをやったとか、どうでもいい話なんです。

そういうことを忘れて読み進めてしまいそうで怖いのです。

でも、ノウハウにも飛びつくよね…

教員ってそうして理論や事例紹介には「自分はとっくにやっているし」と反応する割に、ノウハウの紹介されている本への食いつきは凄まじい。

もっと根本を勉強する必要はあると思うのだよ…(半径二メートルの観察)。

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