生徒にとってイベントは祭りである。どんな形であれ、仕事を任されて自分の持ち場をやろうとする生徒がいるのはよいことだなと思う。
一方で、手を抜いて投げ出す生徒がいるので、そこにいざこざがあったり…と、それもまた勉強だなと思うのである。
イライラで感情が先走って、食って掛かることもある……と担任としてはヒヤヒヤなのだが、どうにか常識の範囲内でよい経験として、好きにやってほしいのである。
企画を実現する力
今年はいつになく駆けずり回っている自分であるが、企画を立てて実現するということの大変さを思い知らされるのである。手伝っているだけで、ほぼパンクなのだから、当事者だったら目も当てられまい。大人の方が情けないのである。
自分たちでやりたいといって、筋を通して思い描く企画であれば、どれだけ仕事が増えても、手伝ってやりたいものである。自分にそれほどのエネルギーはないので、企画をゼロから始めようとする手伝いくらいはしたいのである。
そんなに情にほだされるような性格はしていないので、「やりたい」だけでは却下する人間だけど、筋を通して魅力があるなら労力に合わなくても、やるのである。自分なりの投資である。
投資なんて言うと下卑た感じはするが、納得したうえで意味をやりたいという価値観である。自分くらい納得できない企画が、身内ではない人に意味のある企画になるのかということを突き詰めるのである。
仕事は取捨選択しないとすぐにインフレする。そのためにも、やはりリターンは考えるのである。
手心を加えない、対等に考えるのである。
さて、明日はどうなることやら。きっといいことがあるさ。