ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

コメントの手打ち…

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本日こそは休日であるが平日にサボっていた生徒から集めたコメントの整理で一日が終了したのであった。

手書きしたものを…

「羅生門」を読んでもらっているので、生徒から逐一、コメントや考えていることを集めて確認しているし、その結果を生徒に戻すようにしている。

何度も嘆いているが、勤務校はICT環境が存在しないので、ロイロノートやGoogleクラスルームのような便利な道具はないのである。生徒からコメントを集めるにも手書きだし、フィードバックするにも文字入力をこちらがしないとダメ。

一応、色々な手段を尽くせば、コメントをデータで集めることはできるのだが……Googleフォームなどを使えばこちらは楽なのだが、生徒の手元に自分の書いたものが残らない。また、授業内に決着をつけられないと回収率は凄惨なことになるし、他の教科や活動との兼ね合いであまりおいしい活用にはならない。

あと、結局、単発で使っていても生徒の学びの記録としては脆弱になりやすいので、結局、ノートや大福帳で回収したほうが生徒に残せるものが多い。ちゃんと環境が整えば、圧倒的に学びの履歴はICTで残したほうがいいのだが……。

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BYODでやるには限界があるというか、週に2時間しかない授業で細かくフォローできないで使うには無理がある。

結局、自分がこうして休日に生徒の手書きしたものをイチイチ手打ちでつくり直すのである。ここまでしなくてもいいのでは?という可能性もあるのだが、生徒の様子を見ていると「羅生門」の難易度はやはり高く、丁寧に授業する側が生徒同士の意見を繋いだり、読み方を手助けしたりしないと厳しい。一方で、こうして生徒同士の書いたものの共有が進むと、難しくても何とか頑張ろうという様子も見えるので、ここは手間をかけていいところだと思っている。

ただ、手打ちしなおすのがやっぱり無駄な手間だよなぁ……という思いは捨てられず。

打ち直す作業の徒労感はあるが…

確かにICTを使えば労力は減らせるのだが、打ち直すという作業を通じて自分が生徒の様子を把握しているという面があるのも否定できない。

いかんせん、今年は300名近い生徒を教えているので、授業時間だけで生徒を把握することが全くできていない。ろくに授業での記録を残すことが出来ないくらいには数の圧力は凄まじいものがある。

数が多いから余計に手打ちは手間になってしんどいことになっているのだが、手打ちする以上は一枚一枚を読み飛ばしできないので、却って生徒のことをよく分かるようになっているような気がする。

文字の様子から生徒の授業への集中力が分かったり消しゴムで何度か逡巡している跡をみて、思考の足跡を見たり……そういう色々な情報を見て、やっと生徒の活動と顔が一致してくる感じがしている。

ICTになれば、もっと扱える情報量は増えるし、生徒への即時のフィードバックも出来るようになるので、やれることは増えてくる。

ただ、自分が一体、どうやって生徒のことを理解しているのかということをよく見つめたほうがいいのかもしれない。何でもかんでもネットで集めているだけだと、自分は生徒のことを覚えられないかもしれない。

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