ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

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手書きについては…

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こんなニュースがあった。

news.yahoo.co.jp

国語科の教員としては、「手書き」についてもきちんと考えて、指導しなければいけないことは大いにあるのだが……。

比較の仕方がおかしい気がするが

まあ、記事の内容としてはICTを不当に下げたいのだろうなぁという記事である。

まとめが

「教科書の場合、線を引いたり、メモすることもありますが、紙媒体に書いた方がスマホやタブレットに記録するよりも記憶に残りやすいという実験結果もあります。脳の働きで見れば、紙の教科書の方がはるかにハイテクと言えると思います」

(2021/06/03 20:00 確認)

という言葉で締められるのが全てを象徴している。

ApplePencilみたいなデバイスはどうなんだ?という話は置いておくとしても、ICTの活用の場面をなぜ記録を取って覚えることに限定するのかが理解に苦しむ。

経験的に考えて、手書きで紙にメモを取る方が記憶に残りやすいということ自体に異論は無いが、なぜ、自分の頭で覚えておくこと前提の情報ばかりの話しかしないのかが謎である。会議の議事録などは覚えるために書くものでもないし、何かの講演会の記録は後から編集しやすいデジタルで残した方が便利なことが多いし……活用の場面を手書きの得意な文脈だけに限定した比較に何の意味があるというのだろうか。

授業についていえば、もちろん、国語科は手書きでメモを取ったり、正しい筆順で書いたりするための授業をするし、その重要性は低くはならない。記事で紹介されていた筆圧の問題や鉛筆の持ち方の問題は最近は高校生でも感じるし、場合によってはちゃんと指導しないとマズいかもしれないという気持ちも持っている。

ただ、ICTで出来る圧倒的な分量の情報の加工やアウトプットの意義を軽視して、手書きが凄いといってICTを使わない言い訳を聞かされるのにはウンザリするのである。

手書きかデジタルか

デジタルか手書きかと言われたら、両方大切に決まっているだろと、当然の如く言います。いくら親の敵くらいに手書きが嫌いな自分であっても、生徒にまでそれを押付ける気は無いし、生徒が嫌がっても手書きさせなければいけない、訓練させなければいけない場合もあるだろうと思っている。

とはいえ、だ。

「字が汚い」ということ自体がストレスになっている生徒がいることにももう少し慎重になってもいいと思うのである。

考えるのは好きだし、意見を書くのも好きだけど、自分の字が汚いから、その汚い字を見たくないから授業で書きたくないという生徒も一定数いるのである。だから、そういう生徒にデジタルを手渡すと、途端に活き活きとすることもある。

生徒が自分の使いたい道具を選べればいいだけの話である。不当に手書きでないことを選ぶことが追い出されている状況をあまり快く思っていないのである。

……選べれば良い、とは思うものの、今後、ICTで生徒の大量のアウトプットを扱うようになってくると、手書きで成果を求めることには限界が出てくる気もしている。そもそも課題を集める側の教員が、ICTで実現されるような分量の「紙」を渡されたら、管理に四苦八苦してしまうだろうな、と思う。

現状としては、手書きで書いたものをカメラで撮影して提出……くらいが落とし所かな。

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